トルコと米国の対立激化は、2018年8月にトルコリラの大きな下落へつながるなど、市場に大きなインパクトをもたらした。
マーケットリスクが急拡大する中、次にどのようなシナリオが描けるのか。
今後の見通しについて識者に問う。
特別レポート / 神田 卓也
ここまでの相場展開
トルコリラ/円相場は、9月13日にトルコ中銀が6.25%もの大幅利上げに踏み切って以降は堅調に推移してきました。10月に入ると早々に19円台を回復。12日にはトルコの裁判所が、テロ関連の罪で拘束されていた米国人牧師を釈放する決定を下した事が買い材料となりました。その後17日には、米国人牧師の解放に絡み、ポンペオ米国務長官がトルコへの制裁緩和を示唆すると20円の大台を回復。トルコリラ/円相場は、これで8月10日の「トルコ・ショック」の下げを全て埋める形となりました。ただ、それ以上に買い進む動きは見られず、23日にエルドアン大統領が、国内銀行に対して金利を引き下げるよう要請したとの報道を受けて19円台前半に押し戻されるなど、再び不安定化する兆しも見られます。
ここからの注目ポイント
そうした中、今週25日にはトルコ中銀が政策金利を発表します。前回の大幅利上げの後にリラが反発した事などから今回は様子を見る余裕ができたとの見方が多く、政策金利(24.00%)の据置き予想が大勢を占めています。大手通信社が集計している現地エコノミスト予想によると、23日時点で28人中24人が据置きを見込んでおり、利上げ予想は4人だけとなっています。ただ、実際にトルコ中銀が追加利上げを見送った場合は、市場がネガティブな反応を示す事も考えられます。少なくとも「必要なら一段の金融引き締めを行う」とした前回の決意表明を継続しない事には市場は納得しないでしょう。なお、エルドアン大統領は上記の国内銀行への利下げ要請と同時に「低金利は、懸念要因であるインフレの抑制につながる」との持論を改めて披露したそうです。このタイミングでの発言だけに、トルコ中銀の追加利上げに対するけん制とも受け取れる内容です。市場は、エルドアン大統領による金融政策への介入を再び警戒し始めた可能性があります。
特別レポート / 西 徹氏
トルコリラ急落後からこれまで
8月以降のトルコ・リラの急落局面では、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さに、政策対応の拙さや米国との関係悪化という材料も重なり、一時最安値を更新した。しかし、トルコ中銀が1週間物レポ金利(17.75%)による資金供給を中止し、翌日物貸出金利(19.25%)を利用する実質的な「裏口からの利上げ」を実施したほか、国内銀行に対する外国人投資家との取引規制強化といった強硬策も奏功し、その後は一進一退の展開ながら落ち着きを取り戻している。
9月13日のトルコ中銀定例会合に注目集まる
なお、金融市場ではすでに9月13日の次回のトルコ中銀定例会合の行方に注目が集まっている。定例会合に先立つ今月3日に中銀は声明を発表し、「インフレ見通しに対する足下の動向は物価安定への重大なリスクを示しており、物価安定を支援すべく必要な対応を取る」との姿勢を示した。これは、直前に発表された8月のインフレ率が前年比+17.9%に一段と加速したことに対応したと考えられる。金融市場は中銀の声明について「大幅利上げに踏み切る」ものと解釈しており、こうした見方もその後のリラ相場の安定に繋がっている。
ただし、中銀の声明は金融市場の期待を引き上げた可能性がある。市場の事前予想の利上げ幅にはバラつきが生じており、仮に500bp程度の利上げが行われた場合でも一部の期待値を勘案すれば楽観視出来ない。さらに、主要政策金利の1週間物レポ金利ではなく、翌日物貸出金利の引き上げという「裏口」で対応する可能性もある。なお、昨年以降中銀は営業日の終わり1時間に適用される後期流動性貸出金利引き上げという「裏口」で対応したが、金融政策の予見性及び透明性の低下を招いたため、今年5月に政策金利を1週間物レポ金利に一本化する簡素化に取り組んだばかりである。よって、「裏口」を駆使することは、中銀の独立性に対する懸念を一段と高めるリスクもある。
アルバイラク財務相は「強力な財政政策を志向する」姿勢をみせているが、仮にこれが景気下支えの文脈で用いられれば、財政出動を意味しており、物価抑制に逆行する。中銀が13日に如何なる答えを出すか、その内容を見極めるまでは過度な楽観視は禁物である。
株式会社第一生命経済研究所
経済調査部・主席エコノミスト
西 徹(にしはま・とおる)氏
2001年3月 一橋大学経済学部卒。2001年4月 国際協力銀行(JBIC)入行。同行では、ODA部門(現、国際協力機構(JICA))の予算折衝や資金管理、アジア(東アジア・東南アジア・南アジア・中央アジア)向け円借款の案件形成・審査・監理、アジア・東欧・アフリカ地域のソブリンリスク審査業務を担当。2008年1月 第一生命経済研究所入社。2011年4月主任エコノミストを経て2015年4月より現職。2017年10月より参議院第一特別調査室客員調査員(国際経済・外交、政府開発援助等)(兼務)。
担当は、アジア、オセアニア、中東、アフリカ、ロシア、中南米諸国など、新興国・資源国のマクロ経済及び政治情勢分析。
特別レポート / 神田 卓也
ここまでの相場展開
トルコリラ/円相場は、2018年8月13日に15.50円前後まで下落して史上最安値を付けましたが、その後はやや不安定な展開ながらも下値を追求する動きは一服しています。9月に入ると16-17円台で底堅く推移する様子も見受けられます。トルコ中銀が先週3日に「使い得るあらゆる手段を駆使して13日の政策決定会合で金融政策スタンスを調整する」と表明した事が下値を支えている模様です。つまり、中銀が大幅な利上げでインフレ抑制に向けた姿勢を強める事を市場は期待していると考えられます。
ここからの注目ポイント
今週13日のトルコ中銀金融政策決定会合については、大手通信社が集計している現地エコノミスト予想によると11日時点で23人中20人が政策金利である1週間物レポレートの引き上げを見込んでいます(残り3人は17.75%に据置きの予想)。しかし、予想引き上げ幅は1.50%から7.25%まで様々です。1週間物レポレートの予想中央値は21.00%(3.25%の引き上げ)となっていますが、これだけバラつきが大きいと、この数字を「コンセンサス」とはとても呼べません。市場コンセンサスが固まっていないという事は、結果に対する市場反応も定まりにくいという事でしょう。トルコ中銀の発表がどんな内容であっても、トルコリラ相場は不安定化する公算が大きいと考えられます。特に、利上げが見送られた場合や、利上げ幅がインフレを止めるには小幅すぎると受け止められた場合は、下値追求の動きが再開する可能性もあるため注意が必要です。
その他、トルコ当局がスパイ容疑で拘束した米国人牧師の解放を巡る問題についても大きな進展は見られていません。先週4日には米国とトルコの外相会談が行われましたが、大きな成果はなかったようです。水面下で続いていると見られる協議の行方も、今後のトルコリラ相場にとって重要な手掛りとなりそうです。
特別レポート / エミン・ユルマズ氏
止まない報復合戦
今回のトルコリラ急落のキッカケは8月1日(水)に米国が2016年からトルコで拘束されている米国人のブランソン牧師が未だに釈放されていないことへの報復として、トルコ政府の閣僚2名を対象とした制裁措置を発動させたことでした。その後米政府はトルコの鉄鋼製品に対する関税率を引き上げ、トルコへの戦闘機の供給の停止など一連の制裁を加えています。トルコもこれらに対して対抗措置を発動させ、両国の関係が悪化しました。
解決の糸口は
今回の急落はトルコ経済のファンダメンタルの悪化よりも政治的な理由がトリガーとなっているので、今後ブランソン牧師が釈放されれば、米土(アメリカ・トルコ)関係が改善し、これがトルコリラにとって追い風になると考えます。トルコ中銀も今週から裏口利上げと言われる方法で貸出金利を実質150bp利上げしており、その効果がすでに現れて、トルコリラは最安値から20%以上反発しております。
トルコリラの今後の行方はブランソン牧師が早期に釈放されるかどうかによると考えます。両国間の話し合いはある程度進展していて、ブランソン牧師の釈放が近いと予想しておりますが、その間に通貨が再び乱高下する可能性もあるので要注意です。
複眼経済塾株式会社
取締役・塾頭
エコノミスト 為替ストラテジスト
エミン・ユルマズ氏
トルコ・イスタンブール出身。16歳で国際生物学オリンピックに優勝。翌年日本に留学し、1年後に東京大学一類に合格。
東京大学工学部卒業。同大学院にて生命工学修士を取得。卒業後、野村證券に入社し、M&Aアドバイザリー業務、機関投資家営業業務などに従事。
2015年に四季リサーチに入社、2016年に複眼経済塾取締役・塾頭に就任。現在、トルコ国立報道機関アナトリアンエージェンシーの専属アナリストも務めている。
特別レポート / 神田 卓也
「ここまでの相場展開」
米国人牧師の拘束問題をめぐる協議が不調に終わり、トルコと米国の対立が鮮明化する中、リラ/円は8月10日に19.0円、18.0円、17.0円、と節目を次々に割り込んで一方的に下落。週末8月12日に、エルドアン大統領が追い討ちをかけるように「私が生きているうちは金利の罠には落ちない」と発言して通貨防衛のための利上げに否定的な見解を示すと、8月13日には15円50銭前後まで下値を切り下げました。ただ、トルコ中銀が、国内の銀行に向けて流動性を供給した事や、リラ買い介入に動いた事などから8月14日には17円台後半へ急反発。8月15日には、トルコ当局がリラ売り規制を強化した事や、カタールが150億ドルの対トルコ直接投資を約束した事で18円台後半まで切り返しています。
「ここからの注目ポイント」
本日(※執筆時点)8月16日の日本時間22時から、トルコのアルバイラク財務相が、米・欧・中東の投資家とテレビ電話で会議を行う予定です。会議の内容は明らかになっていませんが、トルコへの投資を呼び込むアピールの場になると見られます。この会議の結果を市場がどう評価するのかがカギとなりそうです。国際投資家の不安が後退すれば、もう一段のリラ反発が見込める一方、もし具体性に乏しいと判断されれば、リラ売りが再燃する恐れもあります。
さらに、8月17日には米格付け会社S&Pがトルコのソブリン格付け見直しの結果を発表する予定です。同社による格付けはすでに「投資不適格級」のため影響は小さいかもしれませんが、一段の格下げや格付け見通しの引き下げリスクを意識しない訳にはいかない状況です。
また、トルコは来週8月21日から24日まで犠牲祭の祝日となります。この間、トルコリラの流動性が低下すると見られるため、相場急変の可能性がある点に注意が必要です。
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