野村雅道のID為替 (レポート)|FXブログ|外為どっとコム

G20関連、プラザ合意直後のディーリングルームと公開介入

「G20関連、プラザ合意直後のディーリングルームと公開介入」


東京銀行為替課長の河村は1985年9月23日も職場に出た。早朝6時に銀行についた。もう為替関係者でニュースを知らないものはいない。
休日にもかかわらず、どこの銀行でもディーラーは朝早くから出勤している。河村は部下のディーラーたちにも集合をかけて。その連中の分も含めて10人分の弁当を神田駅の売店で買い込んだ。銀行につくと全員が顔をそろえている。
「さあ大きないが始まるぞ。ウェリントンはすでにスタートした。シドニーは2時間後に開く。みんな準備はいいか」

河村はすぐシドニーの豪州東銀に電話を入れる。「236円までは全部ドル売りだ」
シドニー市場で河村は1日中ドルを売りまくった。しかし もともと取引量の少ないところである。1時間後234円に下落した。

「こういう事態になっていることをそろそろお客に連絡してやらなければ」

そのとき デスクのベルがなった


「日銀の大熊です。いまから担当者をそちらに行かせますので よろしく」

 外国為替課の大熊課長が自分から電話をかけてきた。為替課長というポストは 通貨当局のなかで直接 為替市場ににタッチする前線部隊の指揮官である。
大熊はプラザ合意に基づいて東京市場で相場をドル安・円高に誘導する日本の介入部隊の現場責任者だった。

9月23日、大熊は朝6時過ぎに出勤した。
「ご苦労さんステートメントは届いたかな」
「各国と協調介入してドル高是正をすることとなった。休日明けから思い切って介入しなければならない。よろしく頼む」

市場介入といえば秘密介入が原則であった。ところが今回は180度方針を変更して公開介入に売って出た。積極的に情報を流してディーラーたちの心理をドル高是正の方向に向けさせる発言であった
(東銀には日銀が直接ステートメントをもってきたが、他の銀行は三越のライオン像の前に集められステートメントを日銀から手渡された)

23日の昼になると 異変を知った商社や企業が活発に動き始めた。といっても東京市場が休みなので 香港やシンガポールの市場に注文を出して取引した。しかし石油会社のように強烈にドル買いに入ったものもあった。

プラザ合意直前は242円、9月23日のステートメント交付の東京休日の海外では225円までドルは下落、しかし東京が再開した24日は232円までドルは押し戻された(これは今でも起きる東京のナカネ近辺での現象だ)。


(以上「1000日の譲歩。円はドルに勝ったのか。新潮社 塩田潮千著」よりごく一部抜粋) ここから75円までの長い旅が始まりました。30年間の思い出が蘇ってきます。

FX湘南投資グループ代表
野村 雅道(のむら・まさみち)氏

1979年東京大学教養学部を卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、82年ニューヨーク支店にて国際投資業務(主に中南米融資)、外貨資金業務に従事。85年プラザ合意時には本店為替資金部でチーフディーラーを務める。

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