野村雅道のID為替 (レポート)|FXブログ|外為どっとコム

栄華を誇った中東のファンドはどうなるのだろう

「栄華を誇った中東のファンドはどうなるのだろう」

*日本ののみならず中東のオイルマネー吸収に世界の金融機関が動いてた。以下はその頃のリポートである。

 
 豊富な資金を背景に中東の投資家が為替、資金、株式、不動産市場で動くと大きなインパクトがあった。
ところが、最近はサウジアラビアが資金調達で起債とか、ADIAがロンドンオフィスを閉鎖とか富豪に似つかわしくないニュースを聞く。

 ちょっと昔に戻ってみよう。

* 余談から入るが中東との為替取引は独特なものがあった。中東の銀行からドル円のプライスを求められたとき例えば120.50-55と出すと「AT55、Can I SELL 30MIO DLR?」ときたことがあった。普通55というと相手が買うわけだが、55で売れないかと取引ではなく交渉に入ってきたことがあった。取引の常識やマナーから外れているがそれも一つの中東らしさ、ゆったりとした中東の時間軸かと思った。中東の機関投資家の資金はオイルマネーと呼ばれているものだ。オイルマネーが急激に増大してきたのは1979年の第二次石油危機以降であった。石油輸出による経常黒字を海外投資でリサイクルしていった。

 中東市場は金曜日が休日だ。1990年の父ブッシュによる第一次湾岸戦争が勃発する前までは、欧米の銀行のみならず日本の銀行でもバーレーン市場で為替取引を行っていた。バーレーン市場はオフショアーなので世界の銀行が支店を出し、資金貸付業務を行い、為替も付随的に行われるようになった。プラザ合意以降はかなり活発になり、土日のバーレーン市場でも値動きがあったし、私も日曜日に日本の証券会社の以来を受けてドル円を5千万ドル売ったことがあった。現在も同様な貸付、資金、為替取引が行われているが、80年代とくらべれば、中東情勢の混迷を受けて商いは減少している。

「中東投資家の横顔」

 中東の投資家の運用額の規模は1兆ドルを超えている言われている。これはほぼオランダの運用額と並んいる。代表的な投資家を取上げていく。

*先ずはサウジアラビア通貨庁SAMAである。中近東第一の投資家、サウンジアラビアの中央銀行であるが、それよりも資産運用の巨額さにおいて有名だ。サウジアラビアは金融立国と産業立国の二兎を追う国策をとっており、金融に比重を置くクウェートやバハレーンとの違いがある。SAMAの資金はマーチャントバンク、証券会社、投資顧問会社に運用を委託している。関係者はいかなる場合にもその内容を明らかにすることは許されない。原油価格によって大きく資産が増減する。ドル資産と非ドル資産にどのように振り向けるかがポイントである。中東の資金はスイスのジュネーブの金融機関に多く委託されていると言われ、東京時間の午後にジュネーブ筋から為替の大きな金額のプライスを聞かれるとその後の反応も大きいので緊張感が走る。 

*サウジアラビアと並ぶオイルマネー大国のクウェートでは投資業務をクウェート投資庁(KIA)に一元化している。1980年代にはロンドンに事務所を置き日本株の大量買付けを行ったと言われている。直接投資からポートフォリオ投資、証券投資から不動産投資まで行っている。クウェートだけではなく中東は運用資金量が運用スタッフの人員、能力を超える勢いで増加しているのですべての運用が自主運用ではなく世界的に著名な運用機関にアドバイスを受けている。

*他にはアブダビ投資庁(ADIA)、ガルフ湾岸6カ国(バハレーン、クウェート、オマーン、カタール、サイジアラビア、アラブ首長国連邦)とイラクの共同出資で設立されたガルフインターナショナルバンク(GIB)なども中東の資産運用機関として有名だ。投資対象は預金、公的債券、民間債、不動産、株式などで付随業務としての為替取引も巨額となり市場に与える影響は大きい。

FX湘南投資グループ代表
野村 雅道(のむら・まさみち)氏

1979年東京大学教養学部を卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、82年ニューヨーク支店にて国際投資業務(主に中南米融資)、外貨資金業務に従事。85年プラザ合意時には本店為替資金部でチーフディーラーを務める。

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