
執筆:外為どっとコム総合研究所・黒川健
長らくキャリートレードの主役を務めてきた日本円に代わり、外国為替市場でスイスフランを調達通貨(ファンディング通貨)とした「スイスキャリー取引」が急速に存在感を高めています。
きっかけとなったのは、スイス国立銀行(SNB)が政策金利を0.00%に据え置いた会合後の声明文で示した「為替介入スタンスの軟化」です。これまで市場を縛ってきた為替介入への警戒が薄れたことで、市場では「圧倒的低金利かつ介入リスクの低い通貨」として、フラン売り・高金利通貨買いの投資妙味が急浮上しています。
需給データが語る市場の変化(CFTC投機筋ポジション)
米商品先物取引委員会(CFTC)が発表した2026年9月22日時点の主要先物ポジション動向を見ると、投機筋の資金フローの変化が明確に表れています。
主要通貨のネットポジション(2026年9月22日時点)
| 通貨 | ネット・ポジション | 前週比 | 概況 |
|---|---|---|---|
| 円 (JPY) | +71,982 | -48,377 | 買い越しが急縮小(ロング解消・ショート小幅増) |
| スイスフラン (CHF) | -26,752 | +2,236 | 売り越し(ショート)が継続 |
| ユーロ (EUR) | -52,334 | -25,341 | 売り越し拡大 |
| ポンド (GBP) | -82,568 | -23,853 | 売り越し拡大 |
| 加ドル (CAD) | -53,210 | -15,633 | 売り越し拡大 |
円は依然として買い越し(ネットロング)を保ちつつも、前週比で買いが4.5万枚超巻き戻されるなどポジションの変動が激しい状況です。一方でスイスフランは一貫して2.6万枚規模の売り越し(ネットショート)を維持しており、調達通貨としての定着ぶりが窺えます。
参考データ
声明文から消えた「対抗姿勢」――SNBのスタンス変化
9月24日のSNB金融政策会合自体は政策金利0.00%据え置きと市場予想通りでしたが、声明文の文言修正がサプライズとなりました。
文言の削除とトーンダウン
前回声明にあった「物価安定を脅かしかねないスイスフランの急速かつ過度な上昇に対抗する」「為替市場への介入意欲を強めている」といった明確な文言が削られ、為替介入については「必要に応じて関与する姿勢がある」という弱い表現へと後退しました。
フラン高警戒からインフレ波及の監視へ
6月時点ではフラン高を抑え込む姿勢を鮮明にしていたSNBですが、その後フラン安に転じたことで警戒のベクトルが変化。今回はむしろ「フラン安が中期的なインフレ見通しを押し上げる要因になった」とSNB自身が言及しています。
ただし積極的なフラン安容認ではない
シュレーゲル総裁は会合後も「なお為替介入の用意がある」と述べており、フラン安を容認する方針転換ではありません。しかし、足元のスイスのインフレ率は8月時点で前年同月比0.8%と極めて低水準にとどまっており、総裁自身「中期的なインフレ圧力は6月時点と比べてわずかに高まったにすぎず、緩和的な金融政策が引き続き適切」と強調しています。
なぜ「円キャリー」ではなく「スイスキャリー」なのか?
キャリートレードの調達通貨として、これまで市場を牽引してきた日本円との投資環境の差は歴然としています。
| 比較項目 | 日本円(JPY) | スイスフラン(CHF) |
|---|---|---|
| 足元の政策金利 | 追加利上げを模索中 | 0.00%(据え置き) |
| 為替介入への警戒 | 日米当局による「円安けん制」「実弾介入」リスク大 | 「フラン高抑止」も「フラン安阻止」も介入意欲が後退 |
| 中長期の通貨要因 | 日銀利上げ観測、GPIFの資産配分見直し観測 | 原油価格・輸入インフレをにらみつつも当面は圧倒的低金利維持 |
| 市場の見方 | 各金融機関が円相場予想を引き上げる | 8月の調整を経てポジションを再構築する余力が十分 |
主要国が高金利維持や金利政策の調整を進める一方、スイスは0.00%を維持しており、他国との金利格差は圧倒的です。
さらに、円キャリーに関しては「日米当局の介入懸念」や「日銀の追加利上げシナリオ」が重石となり、ポジションを維持しにくい環境が続いています。対照的に、中東情勢の過度な緊迫化一服やディベースメント取引の後退によって安全通貨としての需要が落ち着いたフランは、「金利水準も介入リスクも低い、最も売りやすいファンディング通貨」として脚光を浴びています。
「フラン売り」戦略の勝算とターゲット
8月にドルが軟調となった局面でスイスキャリーはポジション調整を強いられたものの、その巻き戻しが一巡したことで、市場には「持ち高を再構築する余力」が十分に生まれています。
ドル/スイスフラン(USD/CHF)
FRBの機動的な姿勢によりドルの底堅さが戻る一方、フランは節目となる安値を更新。堅調な金利スプレッドを享受しながら、テクニカルなフラン安トレンドに乗れる最も流動性の高い主要通貨ペアです。
高金利通貨/スイスフラン(新興国通貨ペア)
メキシコペソや南アフリカランドなどの高金利通貨と組み合わせることで、スイスの調達コスト0%を活かした高いキャリー収益を狙えます。フランのボラティリティ低下と介入懸念の後退が、新興国通貨買いポジションの保有コストを劇的に引き下げています。
抑えておくべきリスクシナリオ
「フラン売り」の勝算は高いものの、以下の2点には継続的な注意が必要です。
原油価格高騰とインフレ前提の狂い
エネルギー価格が高止まりし、フラン安による輸入物価押し上げが二次的影響を及ぼし始めた場合、市場に燻る「来年にかけてのSNB利上げ観測」が一気に前倒しされる可能性があります。
シュレーゲル総裁の「介入カード」
介入意欲を後退させたとはいえ、SNBは介入の選択肢を完全に排除したわけではありません。急激な通貨下落や外的ショックによるボラティリティ急増局面では、サプライズ的なフラン買い介入や口先介入が発動されるリスクは常に意識しておく必要があります。
まとめ:2026年終盤にかけての主役に浮上
「為替介入の影が薄れ、金利はゼロに据え置かれたまま」という現在のスイスフランは、キャリートレードの調達通貨として極めて恵まれた条件を備えています。
日銀の利上げ警戒や介入リスクで神経質な展開が続く「円」を避け、資金調達の軸足をフランへ移す動きは、機関投資家・ヘッジファンドを中心にすでに始まっています。過度なレバレッジを避けつつ、主要国との金利差を着実に積み上げる戦略として、2026年終盤のスイスフランキャリーは最有力の選択肢と言えるでしょう。
黒川健(くろかわ・たける)
米国Capital Market Services LLCニューヨーク本社および上田ハーロー株式会社でカバーディーラー、プロップディーラーを約20年間務める。2021年9月(株)外為どっとコム総合研究所入社後は、テクニカル分析、ファンダメンタル情報を配信している。
