PickUp編集部では、総選挙を控えたトルコ共和国の情報を、より身近な個人投資家の目線で伝えるために、現地在住の方々から、生の情報を伝えていただく"特派員リポート"の配信を行っています。
トルコ共和国は1923年10月29日に建国され、今年建国100周年を迎えます。5月14日(日)には大統領選挙と国政選挙が同時に実施されます。この20年間トルコで政権を掌握し、国際社会でのプレゼンスを高めてきたレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が再選されるかどうか、全世界が注目しています。
そこで、トルコ在住の筆者が、「エルドアン政権の歩みと変化」、「トルコの凄まじいインフレと国民の反応」、「大統領選の行方」について、3回にわけて記事を配信します。
常態化していたトルコのインフレ
筆者はまだ日本に住んでいた1984年と1988年にトルコ国内を旅行したことがあります。当時、観光バスで通りすぎるあちこちの都市の銀行では「80%」とか「100%」という数字が建物のウィンドウに書かれていました。ガイドにあれは何かと尋ねたところ、銀行預金の金利だと言われて衝撃を受けたことがあります。2回目の旅行の時、数年前の1回目の旅行で残ったトルコリラを使おうとしたところ、もうそのお札は使われていません、と言われました。 最近はトルコ国内のマスメディアだけではなく、海外のマスメディアさえ、高インフレ下で政策金利を下げ続けた結果消費者物価が高騰し、エルドアン政権の経済政策は失敗したと騒ぎ立てていますが、トルコの高インフレは今に始まったことではありません。
図1 トルコのインフレ率の推移(1965年~2023年)
図1のように、1965年からのデータを見る限り、70年代の後半まではインフレ率が最高20数パーセントに抑えられていたものの、それから2000年代の前半にかけて現在の状況を上回る凄まじいインフレ率を記録しました。筆者はトルコに移住してから90年代の物価高を経験しましたが、いつトルコリラが暴落して物価が上昇するかわからないので、手元に余分なお金があればスーパーマーケットに行って必要な商品を買い漁り、ストックしていました。当時はトルコにクレジットカードが普及していなかったため、スーパーマーケットでは現金でしか買い物ができず、商品の急激な値上がりにより予定していた数量の買い物ができないことも頻繁にありました。
スーパーマーケットで毎週どころか、毎日付け替えられる商品価格のタグ。それなのに、当時から今日まで、物価高騰に反対する全国規模のデモが行われた形跡はほとんどありません。外貨に対してトルコリラが下落すれば物価に反映され、国民の生活は益々苦しくなり、年初に値上げされた給料が年末には外貨に対して半分以下の価値に下がるのです。なぜ高インフレに対して抗議しないのか、なぜトルコ国民はデモを行わないのか、90年代に一度夫に聞いてみたことがありますが、その答は衝撃的でした。夫は1960年代の生まれですが、生まれた時から物価が上がり続けているので、物価が安定するという意味がわからないというのです。筆者は1~2年に一度日本に夫や子どもたちと一緒に日本に一時帰国していましたが、日本では商品の値段が長い間変わらないのが不思議でしょうがないとも言いました。
最近、客の眼の前で商品価格のタグを付け替えたスーパーマーケットでの買い物のボイコットや、価格が高すぎるスーパーマーケットでの買い控えをソーシャルメディアで呼びかける運動が目立ちますが、それでも全国的なボイコット運動には結びついていません。国民は毎週オンラインで発行されるスーパーマーケットのチラシをくまなくチェックしており、目玉商品やお目当ての商品が安く発売される日には、マーケットの開店時間前に行列ができます。
価格が上昇するのはマーケットで売られている商品だけではありません。トルコでは全国の至る所で週に1回青空市場が立ち、野菜や果物、乾物類、乳製品、衣類、日用品を販売しています。トルコでは野菜や果物がほぼ自給できると言われており、青空市場では旬の野菜や果物が安く購入できるのが魅力でした。しかし、2年ほど前から夏になっても旬の野菜の価格が一向に下がらないだけではなく、時折キュウリやトマトなど、トルコの食卓に欠かせない旬の野菜が市場から一斉に姿を消すという不可解な現象も起きています。顔なじみの市場の売り手に聞くと、海外(ヨーロッパやロシアなど)に輸出されて、国内に在庫がないというのです。外貨を稼ぐために野菜や果物を輸出し、国民の胃袋に入らないとは…。これで、夏に旬の野菜に強気の値段をつけている謎も解けました。
トルコ国民のインフレ対策
前述の通り、トルコ人はインフレが当たり前の生活を営んできたので、インフレをやり過ごす知恵も身につけてきました。そのひとつが金貨の購入です。トルコ政府は共和国金貨 (22金、7.216グラム) とその約四分の一の重さの金貨 (22金、1.75グラム) を発行しており、主に結婚式や子供の誕生、割礼式でお祝いとして贈られます。金はインフレに強いので、そのまま家庭で保管し、車や家を購入するときに現金に変えるのです。どの家庭でもトルコ語で「枕の下の金」と呼ばれる金を保有しており、その量は2022年現在推定3,500~4,500トンと言われています。
エルドアン政権は、家庭に眠っている金をなんとか市場に引き出そうと、あの手この手でキャンペーンを行っています。何年か前に外貨に対してリラが下落した際、金を売ってリラを買い支えるように国民に呼びかけました。熱狂的なエルドアン支持者が金を売ったものの、リラが劇的に上向くことはなく、その後同じような呼びかけを行っても、応じる国民はわずかです。そこで、次の一手は、金を銀行で預かるので、銀行に金の口座を開こう、というキャンペーンでした。ただし、いったん金を銀行に預けてしまえば、金ではなく、トルコリラでしか引き出せないので、現物志向の強いトルコ国民は金を銀行に預けたりはしません。そのせいでしょうか、泥棒が入るとことごとく狙われるのは金です。泥棒対策として偽の金と混ぜて保管していても、金だけ選んで盗まれてしまうのです。
トルコ国民がインフレ対策として次に行っているのは、外貨の購入です。最近の調査によると、国民の57%が外貨預金を持っていると言われています。
出典:トルコ中央銀行が発表する数値を基に筆者が作成
図2をみるとわかるように、対ドルリラ相場は、2015年頃までは緩やかにリラが売られていましたが、強権政治への批判が強まってきた2015年以降リラの下落の割合が高まり、物価の高騰が批判されるようになった2021年以降はリラの急落が止まりません。それでも、2021年頃までは、リラが売られるから物価が上昇するのだという一定の法則があり、それが国民の共通認識でしたが、2021年後半以降、リラの急落よりも物価の高騰の方が上回るようになり、リラの下げ幅が緩やかになっているのに、物価は上昇し続けることに国民の不満が高まっています。
そのうえ、図3のように、2019年までは銀行の1年定期(リラ)の利息は消費者物価指数を上回っていましたが、2021年以降は物価が上昇しているのに法定金利を下げ続けたために、消費者物価指数が利息を大幅に上回っています。そのうえ、外国通貨(為替)の定期預金の利息も大幅に引き下げたため、行き場のなくなった余剰資金が不動産市場に群がり、イスタンブール、アンカラ、イズミールなどの大都市だけではなく、全国的に住宅価格や家賃が急騰しました(図4a/b参照)。国民の不満を和らげるために、家賃の値上げの上限を25%までと政府が決定したことから、それに対抗して賃貸契約を更新せずに借家人を家から追い出し、新たな借家人とそれまでの何倍もの賃料で契約する例が続出しています。筆者の娘の職場にも、勤務中に大家からの電話で賃貸契約の終了を告げられて困り果てている同僚が大勢いるそうです。
物価は比較的安定していたが・・・
エルドアン政権に交代して以降、2004年から2017年末まで消費者物価指数は年率最大11%と、エルドアン政権以前と比較して長期にわたって安定していました。ところが、2018年頃から米国との関係の悪化によりトルコリラが下落しました。それ以降は、共和国建国100周年となる2023年までに世界の10大経済大国になるという壮大な目標を掲げたために、国民を犠牲にしてまで法定金利を下げて投資を呼び込み、GDP(国内総生産)を引き上げようと躍起になっています。
野党はエルドアン政権に、物価高騰の責任を取れ、クルチダルオールが大統領当選後はインフレを一桁台にしてみせると息巻いています。しかし、クルチダルオールが党首を務める共和人民党 (CHP) が連立政権を組んでいた1973年~1979年と1992年~1995年にかけて、図1 の①、②でわかるように、現在のインフレ率よりも遥かに高いインフレ率を記録していました。ちなみに、2002年に経済政策の失敗でエルドアンに惨敗して政権を去ったビュレント・エジェビットも元はCHP党首でした。
高いインフレ率にもかかわらず、レストランやカフェやファーストフード店は混雑し、車の交通量は一向に減る気配を見せず、休暇が始まると観光地やホテルに殺到し、ショッピングモールには買い物客が溢れています。国外での高インフレ率を書き立てるニュースをよそに、トルコ国民は今日も平常運転で、逞しく生きています。
PickUp編集部 トルコ特派員