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【海外特派員】トルコ選挙特集~ 第3章 トルコ大統領選の行方

PickUp編集部では、総選挙を控えたトルコ共和国の情報を、より身近な個人投資家の目線で伝えるために、現地在住の方々から、生の情報を伝えていただく"特派員リポート"の配信を行っています。

トルコ共和国は1923年10月29日に建国され、今年建国100周年を迎えます。5月14日(日)には大統領選挙と国政選挙が同時に実施されます。この20年間トルコで政権を掌握し、国際社会でのプレゼンスを高めてきたレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が再選されるかどうか、全世界が注目しています。
そこで、トルコ在住の筆者が、「エルドアン政権の歩みと変化」、「トルコの凄まじいインフレと国民の反応」、「大統領選の行方」について、3回にわけて記事を配信します。

www.gaitame.com

大地震前の政局の動き

今回の選挙の争点のひとつは、野党が主張する集中型大統領制の廃止と三権分立を保証する強化型議院内閣制の復活です。野党は2018年に大統領選が導入されたことを受けて、2023年の選挙を目指して早くから同盟関係の構築を模索していました。最終的に、野党第一党の共和人民党 (CHP) 、民族主義者行動党 (MHP) から分裂した善良党 (IYI Parti) を中心に、AKPの元外相・首相のアフメト・ダヴトオールが設立した未来党 (GP)、AKPの元副首相・経済担当相だったアリ・ババジャンが設立した民主主義進歩党 (DEVA)、他2党の6党が強化型議員内閣制の復活を目指して国民同盟を形成することに合意しました。ところが、6党の政治イデオロギーは中道右派、中道左派、トルコ民族主義、と方向性がばらばらです。2022年初頭から定期的に円卓会議を開催するものの、マスメディアに対してポーズを取るだけで、大統領候補の選出どころか一体何を話し合っているのかが不明瞭で、決断力のなさだけが目立ち、国民の関心も次第に薄れていきました。

一方、与党のAKPとMHPは大統領候補を現職のエルドアン大統領に一本化しています。 エルドアン大統領は2010年代の前半から建国100周年を意識していて、大型プロジェクトを次々に実現させました。主なプロジェクトは、黒海側に第3空港(2019年にイスタンブール国際空港が開港、従来のアタテュルク国際空港は廃港)、第3ボスポラス海峡(ヤウス・スルタン・セリム橋、2016年開通)、ダーダネルス海峡を横断する大橋(チャナッカレ1915橋、2022年開通)、イズミット湾を横断する大橋(オスマン・ガーズィー橋、2016年開通)、ボスポラス海峡を通過する海底トンネル(ユーラシアトンネル、2016年開通)です。他にも、高速鉄道網の拡充、全国、特に東部と東南部の一般道路や高速道路の整備、全国の病院の整備、文化施設や博物館の補修などを次々に行ってきました。

真夜中でも昼間のような明るさのイスタンブール空港

ロシアとウクライナの戦争では、ロシアのプーチン大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領の双方と話ができる唯一の存在であること、ウクライナに滞っている穀物輸出についてもプーチン大統領との話し合いで解決策を導いたことから世界の注目を集め、国際的プレゼンスを高めてきました。

ところが、2年ほど前から高インフレなのに政策金利を下げるという謎の政策を実行し続け、今年になって遂にここ20年来最悪のインフレを記録しました。一説には、建国100周年である今年までに世界10大経済大国の仲間入りを果たすという目標を掲げてしまったため、国民の生活を犠牲にしてもその目標のために突っ走ったとか、他方で「金利は悪」というイスラムの教えを忠実に守っているだけ、というさまざまな説が飛び交っていますが、その真意は不明です。

大地震の発生

今年の2月6日、東南部のカフラマンマラシュとガジアンテップを震源とするM7.6の大地震が発生し、死者5万人以上、被災者l,600万人以上、倒壊した建物は20万戸以上という大災害となりました。しかし、初期の対応策が遅れたことから被災地の被災者だけではなく、全国民の不満が噴出し、後に大統領が謝罪に追い込まれる事態となりました。それでも、トルコ共和国建国100周年を目指して特に南東部や東部の高速道や一般道路の整備を進めたおかげで、被災地の面積は日本で言えば東北地方全体にあたる広範囲にもかかわらず、被災物資の輸送がスムーズに行われ、テントやプレハブ住宅の建設も順調に進みました。

エルドアン政権は、被害の全容がまだわからないうちから、住まいを奪われた被災者全員が住めるように復興住宅の建設を1年以内に終わらせると宣言しました。この時点では、選挙の日程がまだ決まっていなかったことから、筆者は被災地11県に発令された非常事態宣言を利用して選挙の日程を1年ずらすのではないかと思っていました。しかし、その後エルドアン大統領は6月に予定されていた選挙の日程を1か月前倒しで実施すると発表し、今年の選挙も当然勝利することを前提に復興住宅の建設予定を組んでいることがわかりました。野党の党首は、この機に乗じて政権の批判票を集めるために手ぶらで被災地に乗り込みましたが、かえって被災者の心情を逆なでし、被災者から露骨に批判されました。

地震で最大の被害を被ったアンタクヤで約10年前に発掘された骸骨のモザイク(「人生を楽しもう」と書かれている)

野党の大統領候補の発表と国民同盟分裂の危機

3月の初め、野党の国民同盟はようやく大統領候補を一本化してCHP党首のクルチダルオールを大統領候補にすることを決めました。しかし、いずれもCHP党員のイスタンブール市長エクレム・イマムオールかアンカラ市長マンスル・ヤヴァシュを推す善良党党首のメラル・アクシェネルはこの決定を不満とし、翌日国民同盟を離脱すると宣言しました。両市長がアクシェネルを説得した結果、善良党は数日後国民同盟に戻ることになりましたが、同盟の結束の緩さが露呈されました。

一瞬の隙をついて方向転換した国民同盟

その空白の数日間、クルチダルオールはクルド系政党である国民民主主義党 (HDP) に国民同盟に参加するように呼びかけ、HDPはその誘いに応じて7党連合となりました。その後、HDPは独自の大統領候補を擁立せず、クルチダルオールを支持することを表明しました。

HDPはクルド系の政党で、日本を含め多数の国でテロリスト集団と認定されているクルディスタン労働者党 (PKK) との深い関係を疑われています。共同党首だったセラハッティン・デミルタシュは、2014年の大統領選挙に出馬してエルドアンの対立候補となりました。2016年にテロの教唆と支援の疑いで身柄を拘束され、現在も勾留中です。昨年、HDPの女性議員が既に殺害されているPPK幹部と一緒に写っている写真がマスメディアに流れ、その議員は、議員資格を剥奪された後に逮捕されました。このように、HDPには常にPKKの影が付きまとっています。

今年の4月、クルチダルオールは、自分は東部のトゥンジェリ県の出身で、イスラムの少数派のアレヴィーでクルド系であると、初めて自らの出自を表明しましたが、クルド人票を固める狙いがあると思われます。ただし、スンニー派が大部分のトルコではアレヴィー派は異端とされています。その後、テロ集団であるPKK自体がクルチダルオールを大統領候補として支持することを表明しました。

PKKは、当初はクルド人国家の樹立、近年はトルコ国内でのクルド人の自治権獲得を目的として、1970年代後半にアブドゥラー・オジャランによって設立されました。1980年代半ばから東部や東南部、大都市を標的としてテロ活動を開始し、現在までトルコ軍兵士と民間人合わせて35,000人以上の犠牲者を出しています。設立者オジャランはシリアを拠点としてテロ活動を指示していましたが、1990年代後半にトルコ政府とシリア政府との取り決めによりシリアを追われ、1999年にケニアのナイロビで逮捕されました。その後死刑、後に欧州連合への加盟条件である死刑制度の廃止により終身刑に減刑され、現在はトルコ北西のマルマラ海に浮かぶ孤島、イムラル島にある刑務所で厳重な警備の下服役しています。

HDPは、国民同盟に参加してから、独自の大統領候補を立てずに、クルチダルオールを支援することに決めました。その見返りとして、デミルタシュ元共同党首とHDP出身の政治犯の釈放を露骨に口に出すようになり、クルチダルオールもそれに同調しています。最悪の場合、オジャラン元PKK党首が釈放され、クルド人の自治権獲得に向けていわゆるクルディスタンの設立を要求してくるかもしれません。

エルドアンかクルチダルオールか

HDPが国民同盟に参加し、PKK自体が大統領候補のクルチダルオールを支援していることが、エルドアン陣営に野党連合を攻撃する絶好の機会を与えました。クルチダルオールはテロリストとつながっており、クルチダルオールに一票を投じることは、テロを支援することになるというのです。テロを支援することは、ここ40年間のトルコ政府とトルコ軍によるテロとの戦いを無にするものであり、トルコ共和国を分裂の危機に追い込み、トルコ共和国の存在を根底から揺るがすことになります。

若い世代、特に30歳以下の世代は、トルコ軍によるPKKとの戦いや、東部や南東部で村が焼き討ちされ、教師が殺害され、学校が焼き払われ、大都市で爆弾が爆発して大勢の人々が殺された事実をほとんど知りません。彼らは物心ついたときから、物価が比較的安定していた時代に育ったので、最近の物価高には猛烈な不満を抱いています。また、他の世代の国民も、国際的なプレゼンスよりも物価の安定を求めています。物価高や最近特に目立つエルドアン大統領の専制的な政治を不満として野党候補のクルチダルオールに一票を投じるのか、物価高や専制的な政治を犠牲にしてもエルドアン大統領に投票して、テロリストとの結びつきが強いクルチダルオールを阻止してトルコの分裂の危機を阻止するのか。国民は究極の選択を迫られています。

トルコ共和国は建国100周年を前にして、今年に入ってわずか5か月間の間に大地震と国の運命を左右する大統領選挙という建国以来最大の試練を迎えています。

追記:5月11日、4人の大統領候補のうちの一人、ムハッレム・インジェが候補を辞退しました。インジェ候補は2018年、エルドアン大統領に対して勝ち目がないと踏んだCHP党首のクルチダルオールの代わりに大統領に立候補させられた後、CHPを離党して別の党を設立したという経緯があります。1回目の投票でインジェ候補は5%程度の票を獲得するとみられていたので、インジェ候補の辞退により同候補が獲得するはずだった票がどこに流れるかによって大統領選はさらに混沌としてきました。


PickUp編集部 トルコ特派員