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【海外特派員】トルコリラの暴落と実生活への影響

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 12月17日、エルドアン大統領が来年の最低賃金(月額)を発表するのを全国民が固唾を呑んで待ち続けるなか、トルコリラは相変わらずジリジリと下落し続けました。
前日に1ドル=15リラ台の最安値を記録したばかりなのに、17日の正午には16リラ、最低賃金が発表された午後3時半には17リラをあっさりと突破しました。
最低賃金の上昇率が予想より大幅に上回ったにも関わらず、最低賃金の発表1時間前に中央銀行がまた政策金利を1%引き下げたことにより、リラの暴落は抑制されませんでした。

 労働人口の約半数が最低賃金以下で働いているトルコでは、最低賃金は大多数の国民にとって最大の関心事のひとつです(最低賃金は全国同一賃金)。
11月の消費者物価指数は前年同月比21.31%の上昇率であるのに、最低賃金が一気に50%上がったということは、消費者物価指数が国民が実感するインフレとかけ離れていることを政府が認めたことになります。しかも、最低賃金には所得税を免除されるという例外的措置が講じられ、労働者の手取りが増えるように手厚い政策が実施されます。

 トルコでは、特にリラの大暴落が始まったここ2か月間はありとあらゆるものが値上がりしています。国民の主食であるパン、食料品は言うに及ばず、外食、電気製品、衣料品、車、公共交通機関、ガソリンや重油、ガスなどの燃料は毎月どころか、毎週連日のように何かの価格が「改定」されており、以前の価格や料金がいくらだったのか思い出せないくらいです。
 
 特に値上げが顕著なのは、トルコ料理に欠かせないオリーブオイルなどの油類、朝食を彩るバターやチーズなどの乳製品、トイレットペーパーやキッチンペーパーなどの紙類、トルココーヒーに欠かせないコーヒー豆、家庭用のガスボンベです。
いずれも年初と比較して2倍以上値上がりしており、政府発表の消費者物価指数が実態といかにかけ離れているかわかるでしょう。

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特売品が売り切れて空になったマーケットの棚


 それでは、トルコリラの暴落を受けて、国民は値上がり前に生活必需品を購入するためにマーケットに殺到しているかというと、そうでもありません。
17日の午後、筆者はトルコリラがジリジリと下げ続けるなか、数か所のマーケットを回ってみましたが、買い物客はまばらで、油類、乳製品、紙類の特売品の棚は空っぽになっているものの、他の商品棚は普段と同様の品揃えでした。筆者自身は、1ドルが10リラに上昇した頃から上記の商品を少しずつ買い溜めしたので1年分くらいのストックがありますが、1年後にストックがなくなってしまった時にそれぞれの商品がいくらになるのか、全く検討がつきません。

 トルコ人がマーケットに殺到しない理由を推測してみると、まず、トルコリラの暴落が始まった11月には、ここ数年いわゆる「独身の日」の11日や下旬の「ラッキーフライデー」から「サイバーマンデー」にかけて、日本の楽天のような大手のオンラインショッピングサイト5社が大々的なディスカウントセールを行っている時期にあたりました。ショッピングサイトでは、マーケットで販売される食料品や生活必需品の他、電気製品、衣料品、化粧品など何でも揃います。
消費者はセールが始まる前から複数のショッピングサイトを下見して価格を比較し、この時期に購入する商品を決めています。ショッピングサイト同士の競争も激しく、クーポン券の発行やカートでの追加値引などの特典をつけて熾烈な競争を行っているため、サイト内の業者が商品の値上げをしにくい状況になっていました。したがって、かなりの消費者がオンラインショップで必需品や欲しい物を値上げ前の価格で入手した可能性があります。事実、ディスカウントセールが終了した11月下旬、食料品や生活必需品の価格が一斉に、しかも大幅に値上がりしました。

 次に、特売日当日に新聞折り込みで広告を配布する日本のスーパーマーケットとは異なり、トルコのスーパーマーケットは自社のウェブサイトで1~2週間先の特売商品の価格を宣伝するので、その間にトルコリラが暴落して商品価格が上昇しても価格を即座に改定しにくいという事情があります。また、トルコには全国チェーンのスーパーマーケットが5社あり、そのうち3社が大衆向けの安売りチェーンです。この3社は、全国同一価格で独自ブランドや中小メーカーの商品を大手メーカーよりも安価に販売しており、庶民だけではなく、中産階級にも人気があります。全国の隅々まで店舗網を張り巡らせており、合計店舗数は27,000店を超えます。他の2社や地域ごとのスーパーマーケットのチェーンを合わせると、人口8,000万人に対してスーパーマーケットの店舗数は優に3万店を超え、買い物客が殺到しにくい状況になっています。

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青空市場で安売りの衣料品に群がる買い物客

 

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農業国だけに品物は豊富。価格は前年並みか1~2割高め。


 最後に、諦めというか慣れです。トルコのインフレは今に始まったことではなく、特に1990年代半ばには年率80~120%のハイパーインフレが常態化していました。その当時は全国チェーンのスーパーマーケットが少なく、地元のスーパーでは朝と夜では商品の値段が変わっていることもよくありました。スーパーマーケットではクレジットカードが使えませんでしたので、国民はとにかく手元に現金があれば必需品に変えるという自転車操業を強いられていました。ガソリンや重油の値上げは、値上げ後にテレビニュースで発表されました。それほど酷い状況で生活に追われていても、国民はデモや抗議行動を起こすこともありませんでした。その当時の状況を経験したシニア世代以上の国民は、燃料の値上げが1日前に通知され、商品の値上げ幅は当時より緩やかで、クレジットカードを使って買い溜めができる現在の状況はまだマシだと思っているのかもしれません。

 ところで、通貨暴落に伴うインフレの影響は、新車の販売やマンションの建設などにも影響を与えています。トルコでは国産車のメーカーが育っておらず、国内に工場を誘致した日欧米の自動車メーカーが生産した自動車やヨーロッパからの輸入車が販売されています。いずれもユーロ建てで価格を設定しているため、通貨暴落によりリラ建て価格は上昇するばかりです。政府は、自動車に限らず、通貨危機に便乗し、在庫を隠して値上がりを目論んでいる業者に対する罰金の上限を4倍の2百万リラ(13,850,000円相当)に引き上げる改正案を提出しました。また、建設前のマンションは、価格の高騰を抑えて売りやすくするために、専有面積を縮小して販売戸数を増やすなど、建設計画の変更を余儀なくされているという話も聞こえてきます。

 今後の課題について。まず、インフレにも関わらず政策金利を引き下げる政策をいつまで続けるのかという問題があります。政府による政策金利の引下政策についてはテレビでさまざまな議論がなされていますが、真意についてははっきりせず、大統領の意に従わない国庫財務省や中央銀行の関係者は次々に解任されています。
次に、最低賃金で免除される所得税の税収減をどこで補填するかという問題があります。さらに、今後国家公務員の給与や退職者の年金も最低賃金と同等の引上率を提示できるかどうかが、最低賃金と同様に全国民の大きな関心を集めると思われます。
最後に、最低賃金の上昇により、中小企業や零細事業の経営者は従業員を雇い続けることができるのかということが問題です。給与を払えないために従業員を解雇すれば、失業率が上昇し、国民の生活環境がさらに悪化します。いずれにしても、リラ暴落による諸問題の解決は容易ではありません。

PickUp編集部 トルコ特派員