中国で活躍する若竹コンサルティングの代表、戸田裕大氏に今回の新型コロナウイルスと人民元の関係について緊急レポートを公開する。
3つの視点から新型コロナウイルスと人民元相場を分析
本日は新型肺炎が与える人民元相場への影響についてご説明させて頂く。
結論から申し上げると、
1. 年初から人民元は対ドルで動いていない
2. ここから先、人民元安になりづらい
3. 対円は絶好の買い場となる
以上3点について詳しく解説を行なっていく。
1. 年初から人民元は対ドルで動いていない
※USD/CNHチャート日足 TradingView
紫色にハイライトされている箇所が年初から足元までのUSD/CNH(ドル/人民元)の動きだ。新型肺炎のまさに震源地で影響が最も大きいにも関わらず、高値を7.05、安値を6.85として計算すると、わずかに3%以下の値動きしか発生していない。なぜか!?
これは半循環的調節が強化されたからである。少し複雑なので順を追って解説させて頂く。
そもそも中国人民銀行は管理変動相場制を採用している。その制度を担う重要な役割の一つとして朝9時15分に発表する「基準値」と言う参照レートが存在する。中国内の為替取引は、基準値から上下2%の範囲で相場の変動が認められる。従って基準値の水準が人民元安で決定されるのか、人民元高で設定されるのか、ここで当局の意向を伺い知ることが出来る。
基準値は、平時においては、北京クローズ後から早朝までの各国通貨の動きを反映して、翌朝にほぼ機械的に決定される。しかし現在は算出した値に半循環的調節と言う名の、人民元安に大きく動かないための調節方法が適用されており、さらに新型肺炎による緊急事態を踏まえて、2月の初旬から、そのさじ加減が一段と強化された。そのため、人民元安が抑制されているのだ。
解説:半循環的調節について
例えば、北京クローズ後、翌早朝まで、米ドルが全ての通貨に対して1%上昇したとする。翌朝、中国人民銀行は人民元に対して大きな影響が発生しないよう、例えば0.7%しか影響を与えないよう、さじ加減を加える。かなりざっくり説明しているが、イメージとしてはこれで十分。実際にはエクセルシートなどを用いればさじ加減の逆算も出来る。とにかくこの制度が適用されている限りにおいて、人民元の相場変動は限定的になる。
2. ここから先、人民元安になりづらい
前述の半循環的調節に加えて、中国では新型肺炎の感染拡大に歯止めが掛かってきたので、ことさらに人民元安になりづらい。これは中国全体の感染予防が極めて徹底されていることが大きく影響している。
一つ感染予防の実例を挙げてみたい。筆者は1月末時点で浙江省のアリババ本社の近くに滞在していたのだが、すでに新型肺炎の影響が出始めていたので、ホテルを出入りするたびに必ず検温を受ける運びとなった。また帰路の車移動では、浙江省から上海市に入る料金所で検温、そしてたどり着いた上海の自宅で再度検温を受けた。今も筆者の友人たちは1日に何回も何回も検温されている。もし熱があることが確認された場合には、推測ではあるが病院に行かざるを得ないこととなり、仮に陽性だった場合にはおそらく隔離となる。中国だからなせる技なのだが、他にも様々な方策により感染予防は徹底されているので、実際に感染拡大に歯止めが掛かってきた。
3. 対円は絶好の買い場となる
1人民元が15円の前半というのは割安であると考えている。それは1年から5年のスパンで考えて移動平均を下回っていると言うこともあるが、2015年に20円まで上昇した人民元が現在は15円というある種の「お得感」も相まっている。
これには反対意見もあり、例えば中国に10年以上滞在されている方のお話を伺うと12円の時代を経験しているので現在の15円は肌感として高いと感じる人が多い。ただ10年前の中国と今の中国でG D Pは約3倍に拡大していることもまた事実。GDPが3倍になった割には、通貨価値はあまり上昇していない。
ドル/円の足元の下落基調は気になるところであるが、相場にリスクはつきもの、人民元の対円でロング積み増し方針で市場と対峙したい。キャリーが取れる(金利がつく)人民元ロング戦略が背中を押してくれる。
<ご挨拶>
>みなさまはじめまして。この度、外為どっとコム総合研究所さまより寄稿の機会を頂き、専門分野である人民元について解説させて頂きました、戸田と申します。
ご存知のように中国は近年めざましい成長を遂げています。しかし国の統治体制が異なることから、偏った情報が日本に伝わっているケースも散見され、大変残念に思っております。弊社では外為どっとコムグループさまと協力して、なるべくバイアスの掛かっていない、公正で、且つ皆様のお役に立つ中国情報、人民元情報を配信していければと考えております。どうぞ今後ともご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。