注目の米中間選挙について、識者に特別寄稿をいただいた。
作成日時:2022年11月15日15時
執筆:株式会社伊藤忠総研 上席主任研究員 髙橋尚太郎 氏
目次
▼アメリカ中間選挙で民主党が善戦、トランプ前大統領が共和党の足を引っ張る
▼共和党による駆け引きの活発化、財政支出の機動性失われるリスク
▼米生産回帰、中国と半導体の面でデカップリングの動き
アメリカ中間選挙で民主党が善戦、トランプ前大統領が共和党の足を引っ張る
米国で2022年11月8日に実施された米中間選挙では、民主党が予想以上に健闘する結果となった。民主党の支持率は夏場まで低迷していたが、その後持ち直した。この背景として、夏場以降は、国民生活に直結するガソリン価格がピークアウトし、国民不満が幾分和らいだことが挙げられる。また、バイデン政権が重視する環境政策が進展するなど、政策面で着実に成果が出たことを評価する声も広がった。
このほか、トランプ前政権下で最高裁の保守派判事が多数となり、今年6月に、人工中絶権を制限する最高裁判決が出されたことなどを受けて、共和党は人権問題を軽視するとの国民不安がくすぶっていたことも民主党にとっては追い風となった。こうした中、バイデン大統領は、トランプ前大統領とその支持者が民主主義を破壊しているなどと批判を強め、中間選挙の争点を「経済」から「民主主義の危機」へと切り替える動きを見せていた。無党派層と共和党内の反トランプ派の支持獲得につながった可能性がある。
民主党は、上院では多数派を維持する見通しとなり、下院では敗北する可能性が高いものの共和党との議席差はさほど広がらないとみられる。
共和党による駆け引きの活発化、財政支出の機動性失われるリスク
しかしながら、来年以降に上下両院の多数派が異なる「ねじれ議会」となった場合は、バイデン政権の影響力が弱まることは避けられない。まず、真っ先に問題となり得るのは、2023年度(2022年10月~2023年9月)本予算成立までのつなぎ予算である。つなぎ予算は、2022年9月末に一旦成立したが、その期限となる12月16日に延長されない場合は、連邦政府資金が手当てされず政府機関を一部閉鎖せざるを得なくなり、行政サービスが制約される。また、米国の債務は2021年12月に法案で定めた上限に近づきつつあり、再引き上げに関する与野党協議も必要となる。共和党は、中間選挙を見据えて混乱を避けてきた節があるが、今後は議会でこれらの問題に関する駆け引きを活発化させ、かねてから反対してきた医療保険補助の削減などを図ることとなろう。民主党による上下両院の支配が続く2022年中に、何らかの打開策を出しておけるかが鍵となる。
また、2023年の米経済にとっては、財政政策の機動性が失われることがリスクとなる。米経済は、FRBによる急速な利上げを受けて、住宅投資を中心に減速を続けている。経済の柱である個人消費は、潤沢な家計貯蓄を背景に底堅いが、今後は利上げの効果が強まることで、雇用情勢の急変などによる腰折れリスクは無視できない。その際には、利下げで景気下支えを図るだけでなく、より即効性のある財政支援の必要が生じる。ただ、ねじれ議会のもとでは、民主党による上院案と共和党による下院案の一本化には時間がかかることが想定される。マクロ経済の政策運営においても、足かせがはめられた状況となるだろう。
米生産回帰、中国と半導体の面でデカップリングの動き
環境政策など個別の政策に関しても、ねじれ議会のもとでは、新たな大型法案の成立が見込みづらくなる。そのため、バイデン政権は、これまで成立させた「インフラ投資計画」(2021年11月成立)や「インフレ抑制法」(2022年8月成立)などの遂行に全力を傾けることとなるだろう。ただし、バイデン政権は、労働組合を重要な支持母体としており、政策遂行にあたり、米国の労働者の利益を重要視する動きが散見されることは留意が必要となる。例えば、「インフレ抑制法」における電気自動車(EV)税額控除の要件として、車体やバッテリーの一部を北米生産とすることなどが含まれており、米国への生産回帰・雇用確保が強く意識されるものとなった。企業はこうしたバイデン政権のスタンスを理解し、柔軟に対応していくことが求められるだろう。
また、バイデン政権は、議会での影響力が弱まる結果、大統領の権限が比較的大きい外交・安全保障政策において成果を求めることが想定される。その中で、経済への影響が大きいものとして、対中政策、特に半導体を巡る動向が注目される。米議会では、対中競争において半導体分野に焦点を当てた「半導体補助金法」が8月に成立したが、これは、補助金を受けてから10 年にわたって中国での最先端半導体技術に新たに投資することを禁止し、実質的に中国か中国以外かの選択を求めるものであった。また、米国は、10月には先端半導体やその製造装置に関して対中輸出規制を大幅に拡大する措置を発表するなど、半導体分野での中国とのデカップリングを進めようとしている。世界の半導体産業は、米国の外交・安全保障政策の動向に大きな影響を受ける状況が続くことに注意が必要だろう。
髙橋 尚太郎 氏
2005年日本銀行入行、国際経済調査や金融市場調査等に従事。
2017年有限責任監査法人トーマツ入社、マクロ経済分析サービスやリスク管理アドバイザリー等のプロジェクトに従事。
2019年伊藤忠商事入社後、伊藤忠総研へ出向。
東京大学大学院情報理工学系研究科修了。London School of Economics and Political Science(LSE)経済学修士課程修了。
本サイトに掲載する情報には充分に注意を払っていますが、その内容について保証するものではありません。また本サービスは、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたものであって、投資勧誘を目的として提供するものではありません。投資方針や時期選択等の最終決定はご自身で判断されますようお願いいたします。なお、本サービスの閲覧によって生じたいかなる損害につきましても、株式会社外為どっとコムは一切の責任を負いかねますことをご了承ください。