先週、日銀が銀行に対してレート・チェックを行い、市場は一時“すわ、介入か?”と色めき立った。
介入の事は口外しないというのが暗黙の了解であるが、引退してもう20年以上も経つので実際に介入のお手伝いをした者として“もう時効ですよね。”と勝手に判断して少し話してみたい。
海外からも“レート・チェックって、何だ?”との照会が幾つか有った。
レート・チェックとは日銀が介入をする際に銀行に“現在の相場は幾らですか?”と訊くことで、実際に介入をする時には何種類かのやり方が有るが、(ドル売り&円買い介入の場合。)
-一定の金額を上限として市場に在るBid.(買いのレート)を打つ。
例えば“現在の相場は幾らですか?”と訊かれて“143.00~143.01です。”と答えると、“では200本迄(2億ドル)Bid.を打って下さい。”と言われると、先ずは143.00で売り、買い手が無くなると142.99、142.97、142.95と次々にBid.を叩いて2億ドルを売り尽くすまで売り続ける。
142.50迄落ちるか、もっと落ちるかは全く分からないが通常、介入を仰せ付かった銀行は日銀に乗っかって一緒に売るからもっと落ちるのだと思う。
-あるレベルをターゲットとして市場に在るBid.(買いのレート)を徹底的に打つ。
例えば“現在の相場は幾らですか?”と訊かれて“143.00~143.01です。”と答えると、“では142.00まで兎に角Bid.を打って下さい。”と言われると、先ずは143.00で売り、その後は市場に在るBid.を打ちまくり相場が142.00に落ちるまで売り続ける。
売りながら日銀に“30本売りました、相場は142.88です。50本売りました、相場は142.65です。”と逐次報告しなければならない。
142.00に落ちるまで200本(2億ドル)必要なのか、或いは500本(5億ドル)必要なのかは終わるまで分からない。
後者は介入効果は高いがどれくらいの金額の介入をしなくてはならないかが分からないから、日銀(実は財務省だが、これについては後程触れる。)は気が気ではない。
1998年、Mr.Yen.こと榊原元財務官はこの方法でドル買い&円売り介入には成功したが、逆のドル売り&円買い介入の折は“たった1日で外貨準備の1割を使ってしまった。”と匙を投げ、147.66迄の上昇を許す結果となった。
最近は日銀も電子ブローキング(ブローカーを通さないで機械を使って介入を行う。)に参加しているので現在のやり方は違うであろうが、大筋の介入方法は同じであろう。
今回は日銀のレート・チェックという事で日銀が表に出ているが日銀は介入の事務(市場での売買)を司るだけで、実際の介入をするかどうかの判断は財務省(旧大蔵省)が行う。
今回の日銀のレート・チェックもその指示は財務省から来たものである。
レート・チェックに行きつくまで幾つかのステップが有る。
先ずは口先介入(Verbal Intervention.)と呼ばれるものから始まり、
-相場についてはコメントしない。
-為替相場は安定的に推移するのが望ましい。
-急速な変動は望ましくない。
-必要であれば適切な措置を講じる。
-あらゆる措置を排除せず、必要な対応を取る。
と段々警告の中身を濃くして行き、介入の準備としてレート・チェックを行い、その後に介入に踏み切る。
先週は13日のアメリカの8月消費者物価指数の発表後にドル・円相場が141円台から144円台へ急騰し、翌14日の午前7時過ぎにドル・円相場は144円94銭近辺と前日に比べて2円70銭近くドル高&円安となり7日の高値(144円99銭)に迫る場面があった。
午前8時半過ぎには、財務省の神田財務官が“あらゆるオプションを排除せず適切な対応をしたい。”と言及し、さらに11時すぎには松野官房長官が記者会見で、急速な変動が続く場合は“あらゆる措置を排除せず、必要な対応を取りたい。”と発言し、12時半過ぎには鈴木財務相も、相場急変が続けば“あらゆることを排除せず対応しないといけない。”と話したと伝わった。
財務省と官房が揃って介入を仄めかした後のレート・チェックであったから市場は身構え、結局相場はじりじりと値を下げて安値142.57を付けた。
(先週のドル・円相場の60分・ローソク足チャート。)
先週のレポートで、“介入が有るか、否かは分からない。介入が効くか、否かも分からない。”と述べたが、塾長は益々介入の可能性が高まったと感じると同時に、その効果も馬鹿にならないと考えている。
ドル売り介入はインフレ抑制の為のドル高を歓迎するアメリカが許さないという意見が多いが、対ロシア、対中国で対決姿勢を鮮明にするアメリカ政府は我が国の現在の両国に対する外交姿勢を高く評価している。
アメリカも此処で日本を敵に回す訳には行かず、為替介入の可か不可などはMinor issue.(小さな問題)に過ぎない。
我が国が単独介入に踏み切ってもBenign neglect.(慇懃な無視。)に留めるであろう。
アメリカ政府の窓口である財務省のイエレン長官(元FRB.議長)は黒田日銀総裁と旧知の中で、黒田さんが介入をする(した?)と伝えても敢えて反対はしないのではないかと思っている。
介入の効果についてもやってみるまでは分からないが、“効果は無い。”と言い切る人は評論が得意で介入の経験が無いのだろう。
実際にトレーディングをしていると、みすみす数円ぶち落とされるのに介入に対して買い向かう馬鹿は居ない。
相手は1兆ドルを超える外貨準備を持つ巨人で、介入は100円以下でたっぷり買ったドルの利食い売りである。
全く羨ましい限りである。
現在1兆3千億ドル有る外貨準備の1割(過去に93円で買い介入した分と仮定する。)を143円で売り介入するとしたら1300億ドル×(143円-93円)=6兆5000億円の為替益。
我が国の1年の防衛予算を優に凌ぐ。
どんどんやりましょうと感じるのだが、如何なものか?
レート・チェック以降のドル・円相場は高値143.80で頭を押さえられてはいるものの、安値も142.65と底も固い。
暫くはファンダメンタルズ(日米金利差拡大や我が国国際収支の益々の悪化。)に則ったドル買い意欲と介入警戒のドル売り意欲との凌ぎあいが続くかも知れない。
オプション市場ではリスク・リバーサルと呼ばれる商品で、将来のドルの下落リスクを避ける為のプット・オプションが上昇リスクを避ける為のコール・オプションを上回る傾向となり、市場はよりドルの下落を意識する様になった。
レート・チェックの効果が出たと言えなくもない。
今週のテクニカル分析の見立ては下サイドにより注意が必要。
142.50を下切ると140.00を試す動きも見られようか?