更新日時:2021年12月03日 22時50分
執筆日時:2021年12月01日 13時00分
執筆者:株式会社外為どっとコム総合研究所 小野 直人
1.はじめに
2.前回のおさらい
3.今回の見どころ
4.今回の戦略
1.はじめに
2021年12月3日(金)、日本時間22時30分に米国で11月雇用統計が発表されます。今回から冬時間となり、日本では時差の関係でこれまでよりも1時間遅い公表です。これまで「テーパリングと利上げは別」としていたFRBでしたが、何となくその境界が曖昧になりつつあるかで、雇用統計の結果が12月FOMCで公表される新たなFOMCメンバーの見通しにどう影響を及ぼすか今回は注目されます。当局が金融政策の微調整を決定した直後の雇用統計にもかかわらず、次の政策転換へのヒントとなる指標とあって、注目度が相当高まっています。結果を受けた、各アセット市場の動向には注意が必要でしょう。
2.前回のおさらい
11月5日、米労働省が発表した10月の非農業部門雇用者数(NFP)は53.1万人増と、市場予想45.0万人増を上回る好結果でした。また、9月分のNFPも19.4万人増から31.2万人増へ上方修正されるなど、夏場の新型コロナウイルス感染症の急拡大が収まったことを示唆しました。業種別では、レジャー、専門職・企業サービス、輸送・倉庫、ヘルスケア、卸売、金融、鉱業と幅広い分野で増加。少し意外だったのは、半導体の供給不安定から生産量が抑制されている自動車分野で2.8万人増だったことです。こうした分野の改善は復興の土台をさらに強固にすることになりそうです。
ただし、雇用者数はコロナ直前と比較して約420万人低いレベルとあって人手不足解消には程遠い状況で、労働参加率は61.6%と直近の低水準に留まっています。また、時間当たりの平均賃金は前月比0.4%増、前年同月比4.9%増へ上昇しており、インフレが一服する様子は感じられません。全体的には、夏場のコロナ再拡大による復興スピード鈍化との懸念を押し返した点は評価されますが、インフレ高進が確認された点を踏まえれば及第点といったところではないでしょうか。
図表1.分野別新規雇用者数(千人)
産業別 | Oct-20 | Aug-21 | Sep-21 | Oct-21 |
全体 | 680 | 483 | 312 | 531 |
製造分野 | 107 | 54 | 65 | 108 |
鉱業・林業 | 2 | 6 | 4 | 4 |
建設業 | 73 | -1 | 30 | 44 |
製造 | 32 | 49 | 31 | 60 |
非製造業分野 | 847 | 450 | 300 | 496 |
倉庫 | 9.2 | -5.2 | 7.3 | 13.5 |
小売 | 106.5 | 22.2 | 57.3 | 35.3 |
運輸 | 71.3 | 67.3 | 57.4 | 54.4 |
公益(電気・ガス・水道) | -1.5 | -2.2 | -0.2 | 0.2 |
情報 | -9 | 33 | 4 | 10 |
金融・保険 | 34 | 17 | 7 | 21 |
専門・企業向け | 241 | 139 | 76 | 100 |
医療・教育 | 83 | 72 | 13 | 64 |
レジャー・娯楽 | 265 | 71 | 88 | 164 |
その他のサービス | 48 | 36 | -10 | 33 |
政府分野 | -274 | -21 | -53 | -73 |
出所:米国労働省
結果を受けてドル/円は114.02円レベルまで上伸したが、前日のNY高値114.28円越えに失敗すると、113.30円レベルまで押し戻されて週の取引を終えました。金利市場は長短金利差が縮小。雇用統計を受けて早期引き締めが意識され債券は瞬間下落(金利は上昇)しましたが、テクニカルな要因から長期債中心に上昇(金利は低下)するなど、不安定な動きに。短期的にはより積極的に緩和策の巻き戻しの進展余地が示された様子でした。かたや米国株式市場では、ダウ工業株30種平均は景気回復への期待が広がり史上最高値を更新。ダウ平均は203.72p高い、36327.95ドルで終了しました。
図表2.前回発表前後のドル円の動き
出所:外為どっとコム「ネオチャート」
3.今回の見どころ
米テーパリング(段階的な資産購入額の圧縮)が開始された直後ですが、足もとのインフレ加速を受けて、「テーパリングのスピード加速」のステップを通り越し「何時米国が利上げするのか」または「来年何回利上げするのか」といった課題に市場の関心は移行しつつあるようです。12月に新たに発表されるFOMCメンバーの経済見通しが重要となりますが、そこに向け今回の結果がどの程度影響するのかがポイントになります。
NFPについては、直近蓄積した新規失業保険申請件数などの他の雇用データをみると、かなり期待が持てるのではないかと思われます。米労働省が発表した11月13日週の新規失業保険申請件数は前週比1000件減の26.8万件とパンデミックで経済が封鎖した昨年3月来で最低レベルとなっています。また、呼応して失業保険継続受給者数も204.5万人まで低下し、直近1カ月程度で約55万人程度改善しています。これらを踏まえると、今月は60-70万に程度の増加が基本線とみられ、100万人の大台に近い数字が聞かれる可能性もゼロではないように感じています。このように雇用者数の面ではそれほど心配はなさそうです。
図表3.米新規失業保険申請者件数と継続受給者数
データ:米労働省、作成:外為どっとコム総研
問題はコロナ禍からの脱却に伴う需要の伸びに働き手の増加が追い付かずに賃金上昇圧力が高まっている点で、これが米金融当局の見通しを狂わす恐れがあることでしょう。この部分は労働参加率の数字をみると分かります。労働参加率とは、働くことが可能な人(生産年齢人口)のうち、実際に働いているか(=雇用者)、または職探しをしているか(=失業者)の人の割合を指し、言葉通り働ける人のうち労働市場へどれだけ参加しているかをみる数字です。図表4.は、米国の就業者数と労働参加率の推移です。
図表4.米就業者と労働参加率
データ:米労働省、作成:外為どっとコム総研
これをみると労働者数は回復していますが、労働参加率はほとんど変化がなくそこには大きなギャップが生じていることが分かります。この部分が深刻な労働力不足で賃金上昇、並びに物価を押し上げている一因になっているとみられ、米金融政策の舵取りを難しくしている要因です。このギャップが縮小すれば、米経済が利上げに対して耐えられると判断されスムーズに米利上げが進むイメージが強まる一方、ギャップ解消が十分に進まないうちの金融引き締めは成長鈍化を招く危険が懸念されます。
では、実際にはギャップの解消が進展するかといえば、それは微妙と考えています。連邦政府やニューヨーク州など、公務員や医療従事者、企業に対してワクチン接種の義務化の動きが広がっているほか、来年1月からは従業員100人以上の企業を対象にした義務化も始まるからです。コロナウイルスの新型株の影響もあって、企業の採用コスト増は避けられそうにないため、結果的にインフレを加速させる恐れがあります。そして、同時にFOMCも難しい判断に迫られるため、タカ派勢力とハト派勢力がマメに変化し金融市場を混乱させるかもしれません。
さて今回の数字ですが、A-65万人以上、B-45-65万人、C-45万人以下の3つ分けたいです。ただ、先ほどから申し上げているように今回は労働参加率も重要なファクターと考えていますので、同数字の出来次第では株式・債券の動向も変化しそうで、それぞれのケースについてさらに2パターンに分けるのが無難と考えます。
☆想定するシナリオ
パターン | NFP | 参加率 | 想定される値動き |
A | 65万人以上 | 改善-1 | 金利高を伴ってドル高・円安 |
悪化-2 | 当初ドル高・円安進行も後半に株安から失速 | ||
B | 45-65万人 | 改善-1 | 緩やかなリスクオン継続から円安 |
悪化-2 | 見通しへの不安から株価調整で円安は限定的 | ||
C | 45万人以下 | 改善-1 | 米低金利の長期化が意識から株価が戻し円高限定 |
悪化-2 | 株安主導でリスクオフから円が上昇 |
※悪化には横ばいも含む
A-1は65万人以上+労働参加率上昇で、このときは早期利上げ期待に加え、米経済への利上げの悪影響も限定的との見方から金利高を伴ってドル高・円安。A-2は65万人以上+労働参加率低下(横ばいも含む)で、その時は早期利上げ観測の高まりが株式には悪影響との思いから、当初ドル高・円安進行も後半に株安から失速するパターン。Bグループは45-65万人のゾーンで、参加率上昇(B-1)なら労働市場改善から緩やかなリスクオン継続で円安が進行し、逆なら見通しへの不安から株価に調整が入り円安は限定的に留まる感じでしょうか(B-2)。そしてCの45万人以下で、労働参加率が改善(C-1)したときは、株価安が先行するも米低金利の長期化が意識されて後半株価が戻し、円高の流れはそれほど続かないと思われます。労働参加率が低下(C-2)したときは、株安主導でリスクオフから円が上昇する格好になるのではないでしょうか。筆者としてはパターンB-2で、NFPの改善傾向継続+参加率の改善は鈍く、利上げが成長を抑制する不安からドル高にもかかわらず円安も限定的になるのではと考えています。
図表5[雇用統計の実績と予想]
年月 |
非農業雇用者数変化(万人) | 失業率(%) | ||||
予想値 | 実績値 | 修正値 | 予想値 | 実績値 | 修正値 | |
2021年 11月 | 55.0 | 21.0 | 4.5 | 4.2 | ||
2021年 10月 | 45.0 | 53.1 | 54.6 | 4.7 | 4.6 | – |
2021年 9月 | 50.0 | 19.4 | 31.2 | 5.1 | 4.8 | – |
2021年 8月 | 75 | 23.5 | 36.6 | 5.2 | 5.2 | – |
2021年 7月 | 87 | 94.3 | 105.3 | 5.7 | 5.4 | – |
2021年 6月 | 70 | 85 | 93.8 | 5.7 | 5.9 | – |
年月 | 平均時給/前月比(%) | 労働参加率(%) | |
予想値 | 実績値 | 実績値 | |
2021年 11月 | 0.4 | 0.3 | 61.8 |
2021年 10月 | 0.4 | 0.4 | 61.6 |
2021年 9月 | 0.4 | 0.6 | 61.6 |
2021年 8月 | 0.3 | 0.6 | 61.7 |
2021年 7月 | 0.3 | 0.4 | 61.7 |
2021年 6月 | 0.4 | 0.3 | 61.6 |
◇関連の経済データ実績
年月 | ADP雇用統計(万人) | ||
予想値 | 実績値 | 修正値 | |
2021年 11月 | 52.5 | 53.4 | |
2021年 10月 | 40.0 | 57.1 | 57.0 |
2021年 9月 | 45.0 | 56.8 | 52.3 |
2021年 8月 | 61.3 | 37.4 | 34.0 |
2021年 7月 | 69.5 | 33 | 32.6 |
2021年 6月 | 60.0 | 69.2 | 68.0 |
出所:Bloomberg、外為どっとコム「経済指標カレンダー」
4.今回の戦略
レンジ推移から細目に回転を
ドル円は短期上昇トレンドが一服か。200日移動平均線は上昇傾向を継続しているほか、かろうじてではありますが日足一目均衡表・雲の上側を維持しており長期的な上昇トレンドは崩れていないように感じます。しかしながら、9月22日を起点とする上昇第5波が終了し、トレンドがこれまでより弱まっている様子は明白です。しばらくは112-115円を中核レンジとして、次なる方向性を探ることになるのではないでしょうか。
指標結果を受けて、113.80-114.00付近まで持ち上げられたときは114.20円をバックに戻り売り、この水準を抜けるようならいったん撤退して114.50円付近まで引きつけてから売り仕掛け。下方向は、112.90円近辺の一目・雲上限、11月30日安値112.53円が近くにある112.50円、111.80-112.00円の雲下限辺りを買い場と考え、短期に買い仕掛けを検討したいです。
図表6.ドル/円チャート-日足
出所:外為どっとコム「ネオチャート」
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