こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、日本ではまだまだ情報の少ない人民元情報を、発表された報道や、公表された経済データなどをもとに、事実に迫っていきます。中国の金融市場(人民元や中国株・中国債券など)が、世界の金融市場に与える影響は年々大きくなっていますので、人民元や他通貨の売買、ひいては世界経済の流れを掴むための情報としてご参考にして頂ければ幸いです。
初回ですが「【今後の見通し】預金準備率を引き下げたのに通貨安にならない人民元」といたしまして、お伝えしたいと思います。
目次
1.足元の人民元相場
まず簡単に足元の人民元相場について振り返っていきましょう。
<USD/CNH日足>
作成段階の為替レート:6.4807
人民元を追っていく時に、大切なことは、USD/CNH(ドル/人民元)を必ずチェックしておくことです。取引そのものはCNH/JPY(人民元/日本円)で行う方が多いと思いますが、CNH/JPYはUSD/CNHとUSD/JPYで構成されていますので、当然USD/CNHもチェックしておくことが肝要です。
またPBOC(中国の中央銀行)が最も気にしているのもUSD/CNH(厳密にはUSD/CNY)です。日本銀行がドル円のレートを常に注意しているのと同様、PBOCも常に対ドルレートを気に掛けています。ですからUSD/CNHを見ておくことで、PBOCの動きにもアンテナを高くしておくことが出来るのです。
さてUSD/CNHですが、5月末まではドル安人民元高だったのですが、6月に入り反転し、7月現在もドル高人民元安が進んでいます。6月から米利上げ観測が急速に高まりましたのでその影響を受けた格好です。
ただし、6.50では日足ベースで2回、時間足ベースでは8回ほど跳ね返されており、6.50をブレイクするか、それとも6.50で上値を抑えられるか注目が集まっています。
<CNH/JPY日足>
作成段階の為替レート:17.00
CNH/JPYは5月末まで順調に上昇し、17.30手前まで上昇していましたが、6月には対ドルでの人民元の下落もあり反転、7月現在は17円丁度を挟んでの動きとなっています。ドル/円の上昇がどこまで続くか、またUSD/CNHが6.50で踏みとどまれるかが相場の焦点と言えるでしょう。
2.注目のトピック
現在の注目トピックは大きく分けて2つと考えています。
一つ目が先日発表になった「預金準備率の引き下げ」です。預金準備とは民間銀行が中央銀行に預けておく預金で、民間銀行の財務の安定化と、資金供給の調整を兼ね備えた伝統的な金融政策の一つです。
日本でも1991年までは主要な金融政策として「預金準備率の調整」は用いられてきましたが、以降は1%未満で預金準備率を固定し積極的に変更していません。実は、短期金融市場の発展した主要国では、金融緩和や引締めの手段として準備預金制度は既に利用されておらず、やや時代遅れの金融政策なのです。中国も日米欧を参考にそれを追随しているのですが、まだまだ変化の過程であり、預金準備率は8.9%程度残っているのが現状です。
預金準備率を引き下げることで民間銀行が自由に扱える預金が増えますので、民間への資金供給効果があります。今回は約1兆人民元の資金供給効果があると言われていますが、中国全体では市中の預金が227兆人民元ありますので、金融市場への波及効果は限定的と思います。
モダンな金融政策への転換期ということと、景気を下支えしたいということの時期が重なったのが実態だと思います。ですから過度にこの報道を気にする必要はないです。
2つ目が国内物価の上昇です。中国の消費者物価は低位で安定しているのですが、6月卸売物価が前年比+8.8%と高止まりしており、のちのち消費者物価にも影響してくることが想定されます。
物価が上昇すれば国民の不満は高まります。そのため物価を、目標の+3%前後で安定して推移させる必要があります。
一つの対応策として、為替を人民元高に誘導することは極めて有効です。なぜなら輸入物価を押し下げる効果があるからです。現状は消費者物価が低位で安定しているため、そこまで大きな問題にはなっていませんが、卸売物価、消費者物価共にまだまだ上昇してくるようだと当局もさらに追加で動いてくる可能性が高く、そしてそれを為替レートでもって調整する可能性もあるため、中国物価高=人民元高要因として認識しておく方が良いと思います。
3.今後の見通し
対ドルについては、米利上げ観測が早まるかどうかが最も重要なことと考えています。従って米利上げ観測が早まればドルが買われやすく、米利上げ観測が後ろ倒しになればドルが売られやすい展開を想定しています。
現在、米利上げ観測はやや後ろ倒しになりつつあります。色々な説がありますが、私は新型コロナウイルスがしぶとく残り続ける世界観が広がりつつあるものと考えています。具体的にはワクチン接種を終えたイスラエルで感染力の強いインド型(デルタ株)が広がっており再度マスク着用が義務付けられたことなどがあげられます。
また短期的には心理的な節目である6.50で跳ね返される可能性も十分あり得ると考えています。相場はこれだけを見ておけばOKと言う指標があるわけではないので、複合的にみていかないといけないのですが、現時点では対ドルでの人民元安の圧力は弱まりつつあると考えています。
従って人民元を買いやすい状況になってきていると考えています。となるとあとはドル円です。
ドル/円は新興国通貨を売った資金の受け皿としての役割を果たしています。従って「米利上げ」が市場の最大の関心事なる中で、短期的には円買いの圧力が強まることも想定されます。
ですから人民元の対円相場に関しては、下がったところを少しずつ買いで入り、買い下がっていく時期かなと思います。中長期投資の目線を持ちつつも細かくオペレーションをした方が無難かもしれません。
まとめるとUSD/CNHは人民元安圧力が弱まりつつあるものの、USD/JPYは円買いが起こりやすい地合いにあり、CNH/JPYは材料ミックスと言えます。中長期ではまだまだCNH/JPYは上に見ていますが、現在は軽いタッチで取引したほうが良いと考えます。
CNH/JPYを買い持ちして、USD/JPYを売ることで、実質的にUSD/CNHの売りを作ることも出来ますので、それが一番安定するかもしれません。
本日は以上となります。引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
<参考文献・ご留意事項>
各種為替データ
外為どっとコム取引端末:外貨ネクストネオ
https://Investing.com
中国人民银行:中国人民银行决定于2021年7月15日下调金融机构存款准备金率
http://www.pbc.gov.cn/goutongjiaoliu/113456/113469/4287599/index.html
中国人民银行:中国人民银行有关负责人就下调金融机构存款准备金率答记者问
http://www.pbc.gov.cn/goutongjiaoliu/113456/113469/4287604/index.html
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