気候変動問題が一番? 次期民主党政権の優先順位
アメリカの4-6月期GDP速報値は、前期比年率32.9%減というすごい数字となった。グラフを描いてみるとそこだけが異様な下落となり、10年前のリーマンショック後の落ち込みがかわいらしく見えてしまう。寄与度で見ると、全体の約4分の3に当たる25%分が個人消費の落ち込みである。新型コロナがアメリカ経済に強烈な爪痕を残したことがよくわかる。これでは米ドルが、全面安の様相を呈するのも無理はない。
こうなると11月の大統領選挙も、じょじょに「バイデン新政権誕生」の可能性を織り込まなければならなくなる。Sleepy Joe(居眠りジョー)ことバイデン氏は、果たしてどんな政策を思い描いているのか。
バイデン氏は、民主党内ではずっと弱い候補者であった。コロナ禍がなかったら、サンダース上院議員の勢いを止められなかったかもしれない。サンダース氏を支持した党内左派は、今でも納得していない部分があるから、彼らを上手に取り込まねばならない。
そこで「バイデン=サンダース統合タスクフォース」を立ち上げた。党内の中道派と進歩派が、お互いに委員を出し合って議論し、そこで政策をまとめるというものだ。7月8日にはその政策提言が公表されている。今月の党大会で発表される民主党政策綱領は、これを土台にしてまとめられるはずである。
同提言は6つの政策の柱が掲げられている。「次期民主党政権の優先順位」を想像するための格好の材料と言えるだろう。
(1)Combating The Climate Crisis And Pursuing Environmental Justice(気候変動)
(2)Protecting Communities By Reforming Our Criminal Justice System(刑事司法改革)
(3)Building A Stronger, Fairer Economy(経済)
(4)Providing World-Class Education In Every Zip Code(教育)
(5)Achieving Universal, Affordable, Quality Health Care(医療)
(6)Creating 21st Century Immigration System(移民制度)
意外にも経済は3番目、そしてコロナ禍で関心が高いはずの医療は5番目である。代わりに筆頭に来るのは気候変動問題である。環境問題に関心が強いミレニアル世代を掌握するためにも、気候変動を政権の「一丁目一番地」にする狙いであろう。ただし左派がよく言う”Green New Deal”という言い方は注意深く避けられている。
2番目に来るのが「刑事司法改革」である。これはまさしくBLM(Black lives matter)運動を反映したもの。これまた、黒人層の支持が厚いバイデン氏としては外せないところである。しかしこうしてみると、いかにも政治的な思惑が強いアジェンダ設定となっている。
上記6項目は、あくまでも「現時点における叩き台」であると見るべきだろう。アメリカの大統領選挙においては、政策論争はときに大胆に変わり得る。党内調整をしてそこで完了、というものではない。党の政策綱領が発表された後も、テレビ討論会などで争点が変わることがあるし、ときには政権発足後に方針が逆転することもある。経済状況や世論の動向を見きわめて、動的に観察することが重要だ。
私見ながら、世論の関心はやはり「経済と医療」であろう。アメリカでは失業の増大が無保険者の増加を招いてしまう。ゆえにこの2点はセットで考えねばならない。
あらためて政策提言を読んでみると、3番目の「経済」の項目では、企業ではなく労働者を守るという観点から、「最低賃金の増額」「働く家族の保護」「雇用創造への投資」「持ち家政策の促進」といった文言が並んでいる。バイデン政権になった場合は、やはり増税と規制強化は避けられないと考えておくべきだろう。通商問題については、ごく軽く触れてあるだけだ。この問題は下手につつくと、ブルーカラー層から「トランプ政権の方が良かった」と言われかねないところがあり、民主党としては悩ましいところである。
5番目の「医療」では、医療保険制度をどうするかが難しい。左派のサンダース氏やウォーレン氏は"Medicare for All"(国民皆保険制)を唱えてきた。しかるにCovid-19でどれだけ医療費が増えるかわからない状況では、さすがにそれは現実的ではない。オバマケアを拡充する、例えばメディケア(高齢者医療)の受給資格を65歳から60歳に下げる、といった形で解決を図るだろう。医療保険制度に対する有権者の期待値をどうコントロールするかは、次期政権にとって非常に気を使うところである。
大統領選挙の投票日まであと3か月。今後の経済情勢や新型コロナの感染状況、はたまたワクチンの開発いかんによって、世論の関心も時々刻々と変化していく。その先に新政権の方針が定まってくる。大統領選挙ウォッチングは、毎回、これがいちばん面白いところなのである。
吉崎達彦氏
1960年富山県生まれ。1984年一橋大学卒、日商岩井㈱入社。米ブルッキングス研究所客員研究員、経済同友会代表幹事秘書・調査役などを経て企業エコノミストに。日商岩井とニチメンの合併を機に2004年から現職。
著書に『アメリカの論理』『1985年』(新潮新書)、『オバマは世界を救えるか』(新潮社)、『溜池通信 いかにもこれが経済』など。ウェブサイト『溜池通信』(http://tameike.net )を主宰。テレビ東京『モーニングサテライト』、BS-TBS『Biz Street』などでコメンテーターを務める。フジサンケイグループから第14回正論新風賞受賞。