歴史を知り、誤解を解き、相場と正しく対峙する
こんにちは、戸田です。
今週から「迫真 日本人の知らない香港情勢」と題しまして、激動の時を迎えている香港情勢について、弊社現地社員と連携し、シリーズものとして内容のご報告を行っていきたいと思います。
第1回は「歴史を知り、誤解を解き、相場と正しく対峙する」でお届けします。
それでは早速ですが、本題に入ります。
1.近年の香港を知る
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶと言います。そこでまずは近年の香港を取り巻く状況を整理し、簡単に香港の近代史を振り返っていきます。
<香港の近代史>
1842年:南京条約、香港島を英国に割譲、香港は以後約150年間英国統治下に置かれる
1978年:中国、改革開放路線を明示、国際社会との繋がりが加速していくきっかけとなる
1984年:英中共同声明、「一国二制度」のもと1997年に中国に返還する方針を決定
1997年:香港返還、香港は正式に中国の領土となる。この後、香港は海外からの中国投資を呼び込む重要な拠点として、中国急成長の原動力となる。
2018年:米中貿易摩擦発生、以後米中対立は激化
2019年:香港、逃亡犯条例改正案を提出、しかし国民の反発が多くデモ化、法案は取下げ。デモを抑制したい中国と、デモを支持する米国の対立は激化。
2020年:中国、全人代にて香港国家安全法が可決
2047年:英中共同声明の効力消失(予定)
香港は1997年の返還以降、中国の経済発展に多大な貢献をしてきました。優遇された税制のもと、多くの民間企業が中国大陸進出への足掛かりとして香港に現地法人を設置し、また中国大陸との取引において香港を経由させる手段を選択しました。
また香港は大変洗練された金融街として成長してきました。HSBC、スタンダードチャータードなど英国系銀行をはじめ、世界中の名高い金融機関が、セントラルと言う金融街に集結し、それに伴い世界中から優秀な人材が香港へと集まってきました。
現在では中国大陸も大きく発展を遂げたことから、外観そのものはそれほど差がなくなってきておりますが、香港の金融マンと話をするたびに、やはりこの街は大変に洗練されているということを実感します。
そこで次に、香港が特に優れている点について、陸繋がりで隣町の深センを引き合いに出して、香港の特徴を書き出していきます。
香港と深センは南北に陸繋がり
さらにマカオを加え「珠江デルタ」と呼ばれる高度に経済発展した地域
2.深センに香港の代役は務まらない
よく話題に上るのが、急成長中の深センが香港に取って代わると言う論調です。これは、限りなく可能性の低いシナリオと考えています。
理由は大きく以下三点です。
- 資本主義が適用されている香港と、中国の特色的な社会主義が適用されている深セン
- 英語・中国語に対応出来る香港と、中国語しか対応出来ない深セン
- 金融センターとしての歴史の厚みがある香港と、ビジネス街としての歴史が浅い深セン
深センは非常に急成長している、これは事実です。しかし中国の特色的な社会主義の原理で動いているので、資本主義を取り入れている先進国の投資家からすると、投資したお金を手元に引き上げることができるかどうか不安に感じてしまいます。
法制度、資本制度など、大陸内ルールが適用されているか、いないのか?ここは投資家にとって非常に重要な論点となります。このような中、香港は世界と中国を繋ぐ緩衝材の役割を果たしています。
香港であれば金融センターとしての歴史の厚みがあり、英語も通じることから世界の投資家対応も問題なく行えるし、中国語も操れることから中国大陸への対応もお手の物というのが香港の魅力です。
ですから香港は中国にとっても欠かすことのできない大事な地域ということがお分かり頂けたと思います。
次に全人代で決定された、香港国家安全法に対する誤解を紐解いていこうと思います。
3.なぜ英米は香港国家安全法を見守っているだけなのか?
香港国家安全法に関する誤解としてよく見かけるのが、「中国は約束を破った」という論調です。まずここでは感情論を抜きにして事実を見ていきたいと思います。
1984年の英中共同声明原文、第3条2項によれば、外交と防衛は中国大陸が、それ以外は香港自らが管轄すると英中共同署名されています。従って国家安全法は香港デモ隊に対する行動を規制するものですから、それが国家防衛に資するのであれば規定の範囲内の対応という事で、英中共同声明に準じているという事になります。
従って英米は、中国に対して強く対応するだけの明確な理由を持っていません。このような中、当初取り決めに反して強硬手段に出ると、国際社会からの信任が低下してしまうことから慎重な対応が求められています。
また弊社の香港社員に確認したところ、デモが本当に怖いので、規制してほしいと言うことを率直な意見として教えてくれました。もちろん一意見ですからそれが全てではないですが、国家安全法に反対意見もあれば、賛成意見もあるということを、ここで述べておきます。
終わりに
本報告を通じて、香港が如何に中国にとって大切な地域であるか、また英米中にとって関心が高い地域であるか、お分かりになって頂けたのではないかと思います。
今週は次週以降の布石として、香港の事実確認に特化しましたが、次週以降は直接相場と関係のあるトピックへと移っていくつもりです。今週お伝えしたことは、香港について考えていく上での基礎となる部分ですので、この機会にぜひ覚えてしまってください。
引き続き皆様のお役に立てる情報を配信できるよう努めてまいります。それでは、また来週お会いしましょう。
戸田裕大
<参考文献・ご留意事項>
Constitutional and Mainland Affairs Bureau:The Joint Declaration
https://www.cmab.gov.hk/en/issues/jd2.htm
中華人民共和国中央人民政府:中華人民共和国憲法
http://www.gov.cn/guoqing/2018-03/22/content_5276318.htm
添付画像はグーグルマップより、筆者作成
代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。