前回~4年で邦銀を退職~
酒匂隆雄氏のディーラーとしての半生を追いながら、1人のディーラーとして得てきた数々の知見や成長譚を掘り起こす対談企画、第4話です。
新卒で入行した邦銀で仕事を基礎から覚えていく酒匂さん。外国為替の部署に異動になってからは尊敬する上司のもとでディーリングにのめりこんでいきました。
そんな中、取引を通して外銀ディーラーとの交流を重ねるうちに「うちに来ないか」との誘い。 一度は断ったものの、「邦銀で銀行マンとして出世するよりも、外銀でプロのディーラーとして仕事を続けたい」と願った酒匂さんはついに日本人で初めて米系の外銀に転籍します。
邦銀と外銀、異なる仕事の考え方
- PickUp編集部:
- 邦銀から外銀に移籍したということですが、日本の銀行とどう違うのか気になります。
新人の教育なども違うのでしょうか? - 酒匂:
- だいぶ違いますねえ。
日本の銀行ではずっと先輩の仕事をみて、疑問があったら質問していろいろ教わっていました。
たとえば「ここまで買いがあるんだからこれから上がってくるよ」「ここまできたら上げ相場はもう終わりだな」といった感じで。
今みたいに為替のテキストなんてないから。
- PickUp編集部:
- まさに職人の現場ですね。
- 酒匂:
- でも、外銀では誰もなにも教えてくれない。
- PickUp編集部:
- え、じゃあどうするんですか?
- 酒匂:
- それは......見よう見まねというか、もう自分で経験していろいろ悟るしかないですよね。
- PickUp編集部:
- うわ、厳しい。
- 酒匂:
- そのかわり、やり方は各々自由ですから。儲けがでればその分収入も上がりますし。当時の日本の銀行は面倒見がいい反面、いくら儲けても給料は同じでしたからね。
- PickUp編集部:
- 良い悪いではなく、そもそも考え方が違うと。
- 酒匂:
- そう。で、しばらくして他の外銀に今度はチーフディーラーとして移ったんですが、部下のディーラーが何人かいるわけですよ。
そのディーラーの各々の技量や実績に合わせて「枠」を与えて自由にやってもらう。
チーフディーラーは「彼と彼はロング(買い持ち)、彼はショート(売り持ち)で......」というように全体のポジションを把握して、銀行のポジションをプロテクトするのが役目なんです。
- PickUp編集部:
- 会社の視点からディーラーをマネジメントするというわけですね。
- 酒匂:
- そうやって3、4年続けたある日、上司に言われていまだに覚えているのは「チーフディーラーの役目は売ったり買ったりすることじゃない」という言葉ですね。
ディーラーとマネージャーは両立しにくいんですよ。
- PickUp編集部:
- ご自身ではまったくディーリングしなかったのですか?
- 酒匂:
- やっていたけど、まあ細かい動きは追えなかったですね。
残業ディーラーはダメディーラー
- PickUp編集部:
- ところで、1970年代当時の日本の企業、特に銀行はかなり忙しかったのではないですか?
- 酒匂:
- 当時は大変でしたね。4年しかいなかったですけどね。
- PickUp編集部:
- 外銀はそのあたりの待遇はどうでしたか?
- 酒匂:
- 夕方5時でさっさと帰っていましたよ。
- PickUp編集部:
- あれ、イメージとちがう!
- 酒匂:
- 儲かっているならすぐ帰ればいいんですよ。
そもそも残っているディーラーというのはね、だいたい損が出ているものなんです。
- PickUp編集部:
- 遅くまで頑張っている方が儲けていそうですが。
- 酒匂:
- いやいや、そんなことはないですって!
実際、居残っているやつはみんなうまくいってなかったですね。
残ってやっているのは「損を取り戻してやろう」と躍起になっているんですよ。
- PickUp編集部:
- あ......思い当たるかもしれないです。
- 酒匂:
- その日儲かっているのならストップロスを置いてさっさと帰ればいいんです。
だから「残業するやつは✕(ペケ)。ダメなやつだ」とよく言ってましたね。
- PickUp編集部:
- ひどい(笑)。
- 酒匂:
- 自分がいた銀行のディーリングルームのスタッフも夕方にささっと帰っていましたよ。
だって、ボスが一番早く帰っちゃうんだもん(笑)。
- PickUp編集部:
- それでも、酒匂さんだって一回ぐらい居残ったことがあるんじゃないですか?
- 酒匂:
- いや、まったくないですよ。
- PickUp編集部:
- それは徹底してますね。
為替以外にも目を向ける
- 酒匂:
- そういえば外銀は休暇も自由でした。
年に2週間は休暇をとることが義務付けられていて「休みの間は仕事のことはぜんぶ忘れるんだぞ」と言われていました。
- PickUp編集部:
- そういうところはやはり外資系という感じですね。
- 酒匂:
- ディーリングという仕事は緩急つけないとすぐ潰れてしまうからね。
ピアノ線だって、緩急つけずに「急」だけだとピーンと引きつって切れちゃうでしょ?
今までそういうやつをたくさん見てきましたよ。
- PickUp編集部:
- 相場とプライベートのバランスが大事だと。
- 酒匂:
- 気分転換がすごく大事なんです。
私は若い頃からよくサーキットにいってレースをやったりゴルフをやっていたんですが、これもそのためです。
- PickUp編集部:
- そうは言っても「トレードそのものが趣味」だという方もいると思うのですが......。
- 酒匂:
- 体をこわしますよ?
24時間ずーっと画面を見ていたらキリがないでしょ。
- PickUp編集部:
- そうかもしれません。
- 酒匂:
- 私は2001年に銀行を辞めてから若い投資家の方々とも付き合うようになったけれど、よく「為替以外にも目を向けてほしい」と言っています。
- PickUp編集部:
- どのようなことですか?
- 酒匂:
- 「運動をしなさい、趣味を広げてくださいね」と申しあげていますね。
- PickUp編集部:
- まさか趣味の話になるとは思いませんでした(笑)。
- 酒匂:
- もちろん、トレードはしっかりやるんですよ?
「しっかり稼ぐためにはしっかり休みなさい」と言っているんです。
為替をやるにはなによりも心と体が健康でなければいけないから。
- PickUp編集部:
- たしかにトレードも体を使うという点では他の仕事と同じですね。
- 酒匂:
- 私の話を聞いて趣味を始めた方がいるんですが、ご家族に感謝されたことがあるんですよ。
「以前は目を三角にしていたけど、今はずいぶん余裕が出てきました」と言われてね。
べつに趣味じゃなくたっていいんです。
ずっとトレードしていても夕方だけはストップ注文を置いて家族と食事を楽しむとか、もっと余裕をもつといいと思いますよ。
Pickup編集部より
日本の企業と海外の企業では仕事の考え方が違うというのはわかっていたものの、銀行でもその差は歴然としていました。 1970年代の日本は「モーレツ社員」という言葉が流行するほど無茶な働きぶりが当たり前の時代。銀行のディーラーも、朝も夜も関係なく相場とバリバリ格闘するものと思い込んでいましたが、外銀は自由に仕事ができて余暇も自由にとれるのが当たり前だったようです。しかしその反面、自ら主体的に学ぶことができなければ将来のキャリアを築くこともできない厳しい世界。 ある意味ハードな環境ともいえるのですが、酒匂さんはこの環境を生かして水を得た魚のように頭角を現していきました。 儲けるためには健康な体とメンタルが必要。
しっかり休んで、しっかり働く。 今や日本の企業でも働き方が見直されつつありますが、ディーリングにも同じくこの考え方が当てはまるのでしょう。
酒匂隆雄 氏
酒匂・エフエックス・アドバイザリー代表 1970年に北海道大学を卒業後、国内外の主要銀行で敏腕ディーラーとして外国為替業務に従事。その後1992年、スイス・ユニオン銀行東京支店にファースト・バイス・プレジデントとして入行。さらに1998年には、スイス銀行との合併に伴いUBS銀行となった同行の外国為替部長、東京支店長に就任。 その一方で2000年には日経アナリストランキング・為替部門にて第1位を受賞するなど、コメンテーターとしても高い評価を得ている。