
ドル/円の8月見通し 「米7月『雇用統計ショック』は市場の過剰反応か」
執筆・監修:株式会社外為どっとコム総合研究所 シニア為替アナリスト 神田卓也
ドル/円 の基調と予想レンジ
基調
横ばい
予想レンジ
144.500-152.000円
ドル/円7月の推移
7月のドル/円相場は142.680~150.839円のレンジで推移し、月間の終値ベースで約4.7%上昇した(ドル高・円安)。前半は、1日に付けた142.68円前後を安値に水準を着実に切り上げる展開となった。3日の米6月雇用統計が市場の警戒をよそに良好だったことや、トランプ米大統領が7日に貿易相手国に対する相互関税の上乗せ分の発動を再延期したことで、米景気悪化への不安が和らいだとしてドルが上昇。15日には米6月消費者物価指数(CPI)の伸びが予想を上回ったことで4月以来の149円台を一時回復した。その後は、上げ幅を縮小する場面も見られたが、23日に日米関税交渉が妥結した上、28日(米27日)に米欧関税交渉も合意が成立したことで世界経済の先行き不透明感が薄れる中、円売り主導で持ち直した。30日に米連邦公開市場委員会(FOMC)が次回9月の利下げを示唆しなかったことがドルを押し上げた一方、31日には日銀が次回9月の利上げに慎重な姿勢を示したことが円を押し下げたため150.00円の節目を突破。3月28日以来の高値となる150.84円前後まで上伸し、高値圏で7月の取引を終えた。
ドル/円 日足チャート

ドル/円7月の四本値
始値 144.022 高値 150.839 安値 142.680 終値 150.798
1日
日銀短観の大企業・製造DIは13と市場予想(10)に反して前回(12)から改善。米6月ISM製造業景況指数は49.0と市場予想(48.8)を上回り、前月(48.5)から上昇した。米5月JOLTS求人件数は776.9万件と昨年11月以来の高水準だった。
2日
米6月ADP全国雇用者数は3.3万人の減少と市場予想(9.8万人増)を大幅に下回り、2023年3月以来の減少となった。一方、これより前に発表されたチャレンジャー人員削減数は4万7999人となり、前月(9万3816人)から急減した。
3日
米6月雇用統計は非農業部門雇用者数が14.7万人増と市場予想(10.6万人増)を上回った。失業率は4.1%で予想(4.3%)に反して前月(4.2%)から低下。その後、米6月ISM非製造業景況指数は50.8と市場予想(50.5)を上回り、前月(49.9)から改善した。
7日
米国のトランプ大統領は貿易に関する日本政府宛の書簡を公表し、日本からの輸入品に対して25%の関税を課す方針を示した。その上で「米国の対日貿易赤字の不均衡をなくすために必要な関税に比べれば、25%という数字ははるかに低いことを理解してもらいたい」と主張。その後、トランプ大統領は貿易相手国に対する相互関税の上乗せ分の発動を8月1日に延期する大統領令に署名した。
15日
米6月消費者物価指数(CPI)は前年比+2.7%と市場予想(+2.6%)を上回り、前月(+2.4%)から伸びが加速。食品とエネルギーを除いたコアCPIは前年比+2.9%と予想通りだったが、前月(+2.8%)から加速した。その後、トランプ米大統領は「CPIは低い。米連邦準備制度理事会(FRB)は今すぐ金利を引き下げろ!」と自身のSNSに投稿した。
16日
米ホワイトハウス高官の話として「トランプ大統領は、近くパウエルFRB議長を解任する可能性が高い」と伝わった。しかしその後、トランプ大統領は「パウエル議長の解任は計画していない」と報道を否定した。
17日
米6月小売売上高は前月比+0.6%と市場予想(+0.1%)を上回った。変動の大きい自動車を除いた売上高も前月比+0.5%と予想(+0.3%)を上回った。国内総生産(GDP)の算出に用いられるコア売上高(自動車、ガソリン、建材、外食を除く)も前月比+0.5%と予想(+0.3%)を上回る伸びとなった。
18日
ウォラーFRB理事は「2週間後に政策金利を25bp(0.25%ポイント)引き下げるのは理にかなっている」と発言。経済は依然として成長しているが、勢いは大幅に鈍化し雇用に関する責務へのリスクは高まっている」「9月、あるいは今年終盤まで(利下げを)待てば、金融政策が後手に回るリスクがある」と警告した。
21日
20日に投開票された参議院選挙は自民・公明の与党が過半数を割り込む敗北となった。ただ、世論調査などから敗北は想定済みとの受け止められ、(前週に売られていた)円を買い戻す動きが出た。その後、石破首相は敗戦にもかかわらず続投の意向を表明した。
23日
トランプ米大統領は「日本との大規模な取引が完了した」とSNSで発表。「日本からの輸入品に15%の関税を賦課する」「日本は米国に5500億ドルの投資を行い、その利益の90%を米国が受け取る」などと投稿した。その後、石破首相が参院選の責任を取って近く退陣すると複数のメディアが報じたが、首相は「(辞任について)報道されている事実は全くない」と否定した。
28日
米国と欧州連合(EU)が貿易協定に合意。自動車を含む大半のEUからの輸出品に15%の関税が賦課される一方で、EUは米国から7500億ドル(約110兆7700億円)相当のエネルギー製品を購入し、既存の対米投資に6000億ドルを上乗せすることなどが決まった。
30日
米4-6月期国内総生産(GDP)・速報値は前期比年率+3.0%と市場予想(+2.6%)を上回り、1-3月期の落ち込み(-0.5%)から回復した。GDPの7割を占める4-6月期個人消費は+1.4%と予想(+1.5%)をわずかに下回った。その後、米連邦公開市場委員会(FOMC)は予想通りに政策金利を4.25-4.50%に据え置いた。声明で足元の米経済について「失業率は低水準を維持し、労働市場は引き続き堅調」「インフレ率は依然やや高止まりしている」と評価した。なお、ボウマンFRB副議長とウォラーFRB理事が25bpの利下げを支持し、据え置きに反対した。パウエルFRB議長は会見で「関税によるインフレへの影響はまだ初期段階」として、あらためて様子見姿勢を示した。また「次回会合までにデータが明確になるかどうかは、非常に難しい」と述べて9月の利下げについて言及を避けた。
31日
日銀は大方の予想通りに政策金利を「0.50%程度」に据え置いた。展望リポートの物価見通しについても予想通りに上方修正した。ただ、2025年度の見通しは+2.7と前回の+2.2%から大きく引き上げた。植田総裁はその後の会見で、物価見通しの引き上げについて「今回の上方修正だけをもって金融政策が左右されるというようなものではない」と述べて早期の利上げに慎重な姿勢を示した。また、日米の関税合意については「大きな前進」としながらも「一気に霧が晴れることはなかなかないと思う」と述べて、今後の企業業績などに影響が出ないか、慎重に確認していく考えを示した。その他、足元の為替相場について「物価見通しに直ちに影響あるとは見ていない」との見解を示した。
各市場 7月の推移

8月の日・米注目イベント

ドル/円の8月見通し
8月1日に発表された米7月雇用統計において非農業部門雇用者数は7.3万人増にとどまった。さらには過去2カ月分の大幅な下方修正によって3カ月平均の増加幅はわずか3.5万人へと急激に縮小した。これはコロナ禍で一時的に雇用者が減少していた2020年以来の低い伸びである。米労働市場は従来の見立て以上に冷え込んでいるとの観測が広がる中、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ再開が早まるとの見方が浮上。4割前後だった米金利先物の9月利下げの織り込みは8割超へと急上昇している。こうした中、8月のドルは大きく下落して取引が始まっており、目先は上値の重い展開が続く可能性があろう。ただ、7月の連邦公開市場員会(FOMC)後の会見でパウエルFRB議長は「現在見るべき最も重要な指標は失業率」だと明言しており、その失業率は7月も4.2%にとどまった。FRBの年末予測である4.5%も大きく下回っている。この点から見ると、足元の市場の利下げ織り込みはやや過剰と言えるだろう。なお、8月12日に発表される米7月消費者物価指数(CPI)はトランプ関税の影響などからさらに加速すると予想されている。7月雇用統計を受けて高まった9月利下げ観測が7月CPIで再び萎むことも十分に考えられよう。8月は、21日から23日にかけて米ワイオミング州の避暑地ジャクソンホールで行われる国際シンポジウム「ジャクソンホール会議」にも注目だ。もしFRBが9月利下げを検討しているのであれば、7月FOMCで示した利下げ再開に慎重な姿勢を修正するために、利下げに前向きなメッセージを発信する必要があろう。パウエルFRB議長が不参加のケースも含めて(参加・登壇するかは未だ不明)、仮にそうした発言がなければ9月利下げの可能性は大きく低下することになるだろう。 円については日銀の利上げ期待がきわめて低い(9月利上げの織り込みは10%未満)点や、自民党を中心に政治・政局を巡る不透明感が強い点から軟調地合いが続くと見ている。したがって、8月のドル/円相場は底堅い推移を見込むが、1日(米7月雇用統計の前)に付けた150.92円前後の高値を超えるかどうかはドルの強さが復活するかどうかにかかっていると見る。
株式会社外為どっとコム総合研究所 シニア為替アナリスト神田 卓也(かんだ・たくや)
1991年9月、4年半の証券会社勤務を経て株式会社メイタン・トラディションに入社。 為替(ドル/円スポットデスク)を皮切りに、資金(デポジット)、金利デリバティブ等、各種金融商品の国際取引仲介業務を担当。 その後、2009年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画し、為替相場・市場の調査に携わる。2011年12月より現職。 現在、個人FX投資家に向けた為替情報の配信を主業務とする傍ら、相場動向などについて、経済番組専門放送局の日経CNBC「朝エクスプレス」や、ストックボイスTV「東京マーケットワイド」、ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」などレギュラー出演。マスメディアからの取材多数。WEB・新聞・雑誌等にコメントを発信。
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