(画像=PIXTA)
「なぜインフレになると株価が上昇しやすいのか?」この問いは経済の基本原理を理解するための鍵です。しかし、商品やサービスの価格が上昇するインフレを説明する要因はひとつではありません。
経済は複雑です。さまざまな要素が絡み合い、互いに影響を与え合います。だから、ひとつの要因でインフレを捉えるのではなく、多面的なアプローチが必要です。今回は「良いインフレ」と「悪いインフレ」という2種類のインフレに焦点を当て、それらがFXや株価指数にどのような影響を与えているのかを解説してみます。
需給バランスによる価格決定の基礎理論
経済学では、ある商品やサービスの需要と供給がバランスしているとき、その商品やサービスの価格は安定するとされています。
そして、需給バランスが崩れたときに、商品とサービスの価格は変化します。
(1)需要増で価格上昇
日本の国産ウイスキーの価格が高騰しています。世界中で高い評価を受け、人気が上昇する中、原酒には限りがあり、熟成に時間がかかるため、供給量が増やせないからです。中には10倍以上の値がついて数百万円で取引されている銘柄もあります。
このように消費者の購買意欲が高まり、供給がその需要に追いつかないと、商品やサービスの価格は上昇します。限られた供給に対して多くの人たちが競り合うからです。
(2)供給増で価格低下
それとは逆に、供給が需要を上回ると価格は低下します。これは売り手が在庫を減らすために価格を下げるからです。
ディマンドプルインフレ
このような基本的な需給関係の中で、需要が供給を上回り、価格が上昇したことで起きたインフレを「ディマンドプルインフレ」と呼びます。
経済成長で消費者の収入が増えると、より多くの商品やサービスを購入するようになります。この消費活動が活発になり、需要が供給の伸びを上回ったとき、商品やサービスの価格は上昇、全体的に物価水準は引き上げられます。
ディマンドプルインフレが株価指数に与える影響
ディマンドプルインフレはどのような影響を株価指数に与えるのでしょうか。
(1)企業収益の増加
まず、消費者の購買意欲が高まるので、企業はより多くの商品やサービスを販売することができます。これにより企業の売上と利益は増加し、株価が上昇します。多くの企業で株価が上昇するので、株価指数(例:日経平均株価、S&P 500など)は上昇傾向を示します。
(2)投資家の信頼感向上
ディマンドプルインフレが示しているのは経済成長です。そのため投資家の期待は高まります。経済拡大が確認できると、投資家はリスクを取ることに前向きになるので、株式市場に資金が流入します。これが株価を上昇させて、株価指数を押し上げます。
(3)資産価格の上昇
物価全体が上昇するディマンドプルインフレでは、実物資産の価値が上昇しやすくなります。インフレに対して現金よりも株式は価値を保持しやすいので、現金を株式に交換する人たちが増えます。この資金移動が株価指数を上昇させます。
ディマンドプルインフレは「良いインフレ」
ディマンドプルインフレは、「健全な経済活動の兆候」なので、「良いインフレ」と呼ばれています。消費者や企業の購買意欲が高まり、企業収益が増加するため、雇用拡大や賃金上昇をもたらします。
これが経済全体を活性化させ、持続的な成長の基盤となります。適度なインフレは、将来の物価変動に対する期待を安定させるので、経済にとって望ましいと考えられています。
「悪いインフレ」が株価指数に与える影響
このように経済が安定し、成長を促進する「良いインフレ」は歓迎されますが、必ずしも経済にプラスの影響を与えるインフレばかりではありません。経済にマイナスの影響を与える「悪いインフレ」もあります。
そこで「悪いインフレ」がどのように発生し、どのような影響を経済や株価指数に与えるのかを考えてみましょう。
(1)コストプッシュインフレ
「コストプッシュインフレ」は生産コスト増加で発生するインフレです。原材料やエネルギー価格が上昇すると企業の利益率は低下します。生産コストの増加分を企業が価格に転嫁すると、消費者の需要は減退し、売上が減少するリスクが発生します。これが企業の株価下落を引き起こし、株価指数にマイナスの影響を与えます。
(2)ハイパーインフレ
「ハイパーインフレ」は物価急上昇で、通貨価値が急落することです。政府の財政赤字や中央銀行の過剰な通貨供給がハイパーインフレの引き金となることが多く、現金の価値が失われる恐れから、人々が不動産や貴金属といった「実物資産」の購入に殺到、インフレはさらに加速します。経済は不安定になり、株式市場から資金が流出、株価指数は急落する可能性が高まります。
(3)スタグフレーション
「スタグフレーション」は高インフレと高失業率が同時に起きる経済状態のことです。経済理論では通常、インフレと失業率は「逆相関」になります。しかし、スタグフレーションでは、両者が同時に悪化します。スタグフレーションは供給ショックなどが原因で発生し、経済全体の活力が失われる「悪いインフレ」です。
「悪いインフレ」の過去事例
「悪いインフレ」は株価指数を下落させます。
- 1. 1970年代のオイルショック
1970年代のオイルショックは、コストプッシュインフレの典型的な事例です。1973年と1979年の2度にわたり、石油輸出国機構(OPEC)が石油供給量を制限したため、石油価格は4倍に跳ね上がりました。多くの産業で石油は必要不可欠な資源です。この生産コスト増加が、製品やサービスの価格を急上昇させ、世界的なインフレを引き起こしました。世界経済は停滞、多くの国々で株価が下落し、経済成長の鈍化と高失業率が発生してスタグフレーションが起きました。
- 2. ジンバブエのハイパーインフレ
2000年代後半、政治不安と経済政策の失敗から、ジンバブエでハイパーインフレが発生しました。天文学的なスピードで物価が上昇、ジンバブエドルは急落しました。国民は生活必需品を手に入れるために、多額の現金が必要となり、事実上、経済は崩壊しました。
- 3. 新型コロナによる半導体不足
新型コロナウイルスの世界的なパンデミックで、半導体の供給が不足し、自動車産業や家電製品などの生産コストが上昇しました。その結果、製品価格は上昇、インフレが起きました。自動車の価格上昇は顕著で、これが消費者物価指数(CPI)を押し上げる要因となりました。生活必需品である家電製品に半導体は欠かせない部品です。こうした半導体の供給不足が幅広い分野でコストプッシュインフレを引き起こしました。
- 4. ロシアによるウクライナ侵攻
2022年2月に始まったロシアとウクライナの戦争は、エネルギーと食料の供給に大きな影響を与えました。ロシアは原油や天然ガスなどのエネルギーと、小麦など農作物の主要な輸出国です。一方のウクライナも、小麦などの農産物の主要な輸出国です。この両国の戦争で、エネルギーや食料品の価格が急騰しました。エネルギー価格上昇は、輸送コストや生産コストの増加を引き起こすので、世界的なコストプッシュインフレが発生しました。
このように「悪いインフレ」が発生すると、中央銀行は金利引き上げなどの対応を求められ、政府も「インフレ退治」のための経済政策を実施することになります。
インフレ時におけるFXと株価指数の投資スタンス
「良いインフレ」や「悪いインフレ」が起きたとき、どのようなスタンスで私たちはFXや株価指数に投資するべきなのでしょうか。
(1) FX
・ディマンドプルインフレの場合
健全な経済成長を背景としたインフレなので、通貨価値は上昇傾向を示すでしょう。インフレが穏やかで金利が安定しているときは、その国の通貨を購入すると利益獲得が期待できます。経済成長国の通貨に注目しましょう。
・コストプッシュインフレの場合
供給サイドが原因のインフレは、経済成長を鈍化させ、通貨価値が不安定になる可能性があります。中央銀行が金利引き上げでインフレ抑制を図ると、短期的に通貨価値が上昇することがありますが、長期的には経済停滞のリスクが高まります。通貨国のインフレ率や金利動向に注意を払いながら、為替相場の急変に備えた慎重なトレードを心がけましょう。
(2)株価指数
・ディマンドプルインフレの場合
需要増加が企業収益を押し上げるので、株価は上昇しやすくなります。株価指数に対するスタンスは「強気」が有効になるでしょう。消費関連企業、小売業、資本財セクターなど、需要増の恩恵を受けやすい企業に注目です。一般的には「買い」ポジションを取ることになります。
・コストプッシュインフレの場合
生産コスト上昇が企業収益を圧迫するので、株価指数は下落しやすくなります。エネルギーや原材料価格の上昇は、製造業や輸送業などに悪影響を及ぼします。株式投資のポートフォリオは、ヘルスケアや公共事業など影響を受けにくいセクターにシフトさせる「リスクヘッジ戦略」が推奨されます。株価指数もリスクを管理した慎重なスタンスで臨んでください。
(本文はここまで)
株式会社タートルズ代表/テクニカルアナリスト
2004年、東京工業大学から一橋大学へ編入学。専門は数理経済学。卒業後、FX会社のシステムトレードプロジェクトのリーダーになり、プラットフォーム開発および自動売買プログラムの開発に従事。その後、金融系ベンチャーの立ち上げに参画。より多くの人に金融のことを知ってほしいと思い金融教育コンテンツの制作に集中するために会社を創業。現在は、ハイリスク・ハイリターンの投資手法ではなく、初心者でも長く続けられるリスクを抑えた投資手法を研究中。