政府は金曜日10日の午後に突然、4月8日に任期満了となる日本銀行(日銀)の黒田総裁の後任として経済学者で元日銀審議員であった植田和男氏を起用することを発表した。
市場の大方の予想は次期総裁の有力候補として現副総裁の雨宮氏が大本命で次が元副総裁の中曽氏、そして次が同じく元副総裁の山口氏が続き、市場は各氏が起用された後の日銀の金融政策について雨宮氏ならハト派的で基本的には黒田路線の緩和政策継続、中曽氏なら中立的で現在の緩和政策からの脱却を急がず、山口氏ならタカ派的で黒田路線からの早急な政策変更を目指すと見做していた。
前週末驚きの1月米国雇用統計の数字を受けて128円台から131円台へと急上昇した後にそのまま131.38で高値引けしたドル・円相場は、週明け早朝に日経新聞のWeb.版が“政府が雨宮副総裁に次期総裁就任への打診をした。”と言うニュースでいきなり132.37と1円の窓を開けてオープンした。
市場は雨宮氏が次期総裁なら、現状維持=緩和政策継続=長期金利低下=円安と読んだのである。
その後132.89の高値を付けた後130円と131円台のレンジ内で取引されている最中の金曜日の午後に植田氏起用のニュースが流れて、131.60から128.80まで急落した。
(2月3日から10日までのドル・円相場・60分ローソク足チャート)
市場、特に海外勢は植田氏の起用で少なくとも一時盛り上がった雨宮氏起用によるハト派的緩和政策継続は無しと読んだが、事はそう簡単な物ではあるまい。
植田氏は政府発表後の記者団とのインタビューで、“現在の緩和政策は妥当でこれを継続する。”と述べてドル・円相場は131円台を回復したが、10年債利回りは債券が売られて上限の0.50%へと上昇した。
植田氏のこの発言も何処まで本気なのかは分からない。
未だ就任前のあの時点で余計な事、例えば緩和政策の早期の修正の可能性について触れれば市場は混乱し、又今週行われる国会での任命承認においても自民党・安倍派からの反対とまでは言わないが、ノイズが出る可能性は大であったであろう。
寧ろその後の記者とのインタビューで植田氏が述べた、“学者らしく色々な判断を論理的に行い、説明を分かり易くする。”と言う点がキーである。
“論理的”とは、きちんと筋道を立てて考えると言う意味であり、市場との対話を重視するのであろう。
筆者は植田氏が日銀審議員でいらっしゃる頃に一度食事をご一緒した事が有るが、非常に穏やかな紳士で我々下衆な(?)外資系バンカーとは全く違う感じがした。
かと言って別に偉そうではなく、ワインがお好きな様子で“良い方だな。”と思った。
実は上記の本命の御三方以外に植田氏のお名前が挙がっていた事は知っていたが、日銀総裁は原則的に日銀と財務省(旧大蔵省)OB.が交互に務めることになっており、財務省OB.の黒田氏の後任は日銀OB.である御三方の一人になるであろうと確信していたが、正にどんでん返しの驚きの植田氏起用となった。
日経新聞がスクープした位だから矢張り雨宮氏が大本命であった事は間違いないが、恐らく断られたのであろう。
現日銀副総裁が総裁職を受けるのは正に火中の栗を拾いに行く様なものであったのではなかろうか?
副総裁に任命された氷見野前金融庁長官は元大蔵省出身で何回かお目に掛かったことがあるが、飄々として全く役人らしくなく、素敵な方であった。
今回の副総裁任命をお聞きして、お仕事は大変だとは思うが学者出身の植田総裁を国際実務に長けた氷見野氏が上手く補佐してくれることであろう。
さて市場は相変わらずFRB.の金融スタンスの変化を嗅ぎ取ろうとし、また日銀新体制の金融スタンスがどうなるかを推測するが、現時点ではよく分からない。
更に低下が予想される火曜日発表の米国1月消費者物価指数(CPI.)で雇用統計発表後に一気に後退した利上げペース減速機運が再び高まるのか?
植田次期日銀総裁が物価上昇、賃金引上げ機運を見て論理的に緩和政策からの早急な脱却を図るのか?
What if ?(もし、こうなったら?)の推測では中々大胆なトレードは出来ない。
難しい状況は続く。
今週のテクニカル分析の見立てはレジスタンス(上値抵抗線)の131.80を上切ったので上値を模索する展開を見るが、先週の様な突発的なニュースによるレンジ・ブレークはトレンドの変化とは言い切れないケースが多く、早急な高値追いは禁物。
今週も131円~133円のレンジを想定。