こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、日本では情報の少ない人民元について、報道や公表データ、現地の報告などをもとに、相場の見通しを立てていきます。中国の金融経済が世界の金融市場に与える影響は年々大きくなっていますので、人民元や他通貨の売買のご参考にして頂ければ幸いです。
第14回は「大規模な金融緩和に舵をきれない中国、先安観の漂う人民元」といたしまして、相場見通しをお伝えいたします。
目次
1.人民元相場の定点観測
2.目先は人民元安の圧力強いが、当局はそれを望んでいない
3.対ドル、対円ともに押し目買い方針
1.人民元相場の定点観測
まずは簡単に直近の人民元の動きを振り返っていきます。
人民元相場の変化
USD/CNH相場ですが、前回の寄稿時(7月18日)と比べて84Pips上昇しました。とは言え上昇幅は限定的で、4月後半から続いている6.60~6.80レンジの範囲内における推移が続いています。
わずかにドル高の勢いが強く、6.80~6.82の強めのレジスタンス(上値抵抗)を試している状況ですが、このレベルではPBOC(中国人民銀行)の為替介入が警戒されていますので、ここを上抜けるかどうかは今後の1つの大きな注目点と言えます。
CNH/JPYは0.76円と大きめに下落しました。ドル円の調整に巻き込まれて8月2日に19.21円レベルまで下落したのち、緩やかに反発して現在の19.69円レベルまで戻しています。
2.目先は人民元安の圧力強いが、当局はそれを望んでいない
人民元を見ていく上で重要なことは、私たちが普段米ドルを眺めている視点をずらし、角度を変えて相場を観察することです。具体的には相場変動を市場参加者に委ねたい米国と、本当はあまり相場変動を市場参加者に委ねたくない中国ということを意識する必要があります。
もう一言加えると、資本主義を信奉している米国と、経済においては資本主義を採り入れたものの、国の理念は資本主義から180度異なる中国ということです。つまり中国は相場をしぶしぶ市場に委ねているだけで、その実は相場の安定を望んでいるのです。
そう言った中で、今起こっている重要な変化は「米ドル高を主因とした人民元安」です。米国が国内のインフレ退治を主な理由として金融緩和の縮小や利上げへと動く中で、中国は自国経済を支えるために緩和的な政策を採っていますので、ドル人民元のレートが大きくドル高、人民元安方向へと振れています。
米中金利差とドル人民元の推移を表すグラフ/Investing.com, Iborate.com よりデータ取得し筆者作成
米金利が上昇し米中金利差が縮小する中で、ドル高・人民元安が進んだ
現在の水準は中国政府からすれば警戒すべき人民元安水準と言えます。過去には1ドル7.20人民元手前までドル高、人民元安が進行したこともありましたがその際には大きな資本流出が起こりました。資本流出とは、言い換えれば中国への投資が引き上げられるということですから、のちの経済の低成長へと繋がってしまうわけで、中国当局が最も気にしている経済成長目標を中長期的に達成できなくなってしまうことを意味します。
したがってこれ以上の人民元安を極力避けたいのが中国当局の意向とみて間違いないでしょう。一方で中国国内の景気を刺激しようと金融緩和をすれば人民元安圧力が掛かってしまい、資本流出へと繋がってしまう。このように大変難しいかじ取りを迫られているものと推測されます。
そんな中国当局の苦悩が実際に見え隠れしたのが8月15日に発表されたMLFの利下げです。MLFとはMid Term Lending Facilityと呼ばれる期間1年の資金供給オペですが、その金利を0.10%低い2.75%に設定しました。これだけなら単なる利下げですが、しかしそれと併せて資金供給量そのものを2,000億人民元縮小しており、市場に人民元安の材料を与えないよう配慮した形跡が見られています。
中国のMLFの残高と金利推移を表すグラフ/中国人民銀行よりデータ取得し筆者作成
MLF金利はたしかに低下したが、MLFの残高も減少した
こういったことから見えてくるのは、少なくとも中国当局はこれ以上の急な人民元安を望んでいないということです。そしてその考えが今後の金融政策や為替介入政策に反映されていくことを考えれば、大きな人民元安シナリオは描きづらいということになります。
3.対ドル、対円ともに押し目買い方針
対ドルは4月後半から6.60~6.80のレンジ推移が続いています。現在はレンジの上限付近に位置し、また米ドルが買われやすい状況を考慮すれば、レンジ切り上げの可能性が高いと判断しています。
厳密には6.82を超えると明確な高値更新となるので、その後に買いでエントリーする、これが一つのトレードアイデアとなり得ます。ですが本日お伝えした通り、当局は急な人民元安を望んでいません。したがって引き続き上下動を繰り返しながらじりじりと上昇し、且つ上の水準では為替介入が入ると考えれば、ドルの押し目買いを続けることで投資のパフォーマンスを向上させることができると考えています。
USD/CNH 日足チャート/ Investing.comより
対円はドル円を見ながらの取引を推奨しますが、基本的には下値を切り上げていますし、ファンダメンタルズで考えても円を買う要因はあまりありませんので、押し目買いの方針で臨むのが良いと思います。
ですがドル人民元がドル高に推移することを想定していますので、今の局面であれば素直にドル円やその他のクロス円の買いがよりワークしやすいと思います。
CNH/JPY 日足チャート/外貨ネクストネオ
以上が私の現時点における人民元相場との対峙方法になります。ご参考にして頂ければ幸いです。
戸田裕大
<参考文献>
文中に記載
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代表を務めるトレジャリー・パートナーズでは専門家の知見と、テクノロジーを活用して金融マーケットの見通しを提供。その相場観を頼る企業や投資家も多い。 三井住友銀行では10年間外国為替業務を担当する中で、ボードディーラーとして数十億ドル/日の取引を執行すると共に、日本と中国にて計750社の為替リスク管理に対する支援を実施。著書に『米中金融戦争─香港情勢と通貨覇権争いの行方』(扶桑社/ 2020 年)『ウクライナ侵攻後の世界経済─インフレと金融マーケットの行方』(扶桑社/ 2022年)。
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