需要の落ち込みにOPECプラスの生産増観測加わり、WTIは更に下げ幅拡大
原油市場の急落に、歯止めが掛からなくなっている。週明け3月9日のNY WTI原油先物市場は夜間の取引開始早々から売り一色の展開、通常取引の開始を待たずに、1バレル20ドル台後半まで値を崩す展開となっている。もともと新型コロナウィルスの感染拡大に伴う世界的な景気減速や需要の減少、感染拡大を防ぐための入国禁止措置などによって航空機需要の落ち込みという需要面の弱気材料があったところへ、先週金曜に開かれたOPECプラスの会合で、先にOPECが提案していた日量150万バレルの追加減産に関してロシアなどの反対によって合意に失敗、この先減産どころか生産が増加するとの懸念が急浮上したことが売りを呼び込んでいるのは間違いないと思われる。
更には週末の間にサウジがこれまでの態度を一変、4月以降の増産方針を明確に打ち出してきたことも大きいと考える。特にサウジアラムコが顧客に通知する4月の出荷価格を前月から米国向けで7ドル、欧州向けが8ドル、東アジア向けが6ドルと大幅に引き下げたことは、市場関係者にかなりの衝撃を与えたのではないか。
ロシアに追加減産を拒否され、生産調整によって相場を押し上げることが極めて難しくなった中、サウジは米シェールオイルとの価格戦争を再開、価格の維持ではなく世界市場におけるシェアを広げるとい方向に方針を転換したということなのだろう。
サウジの当局者は市場関係者に対し、非公式ながら4月に日量1,000万バレルを大幅に上回るまで生産量を増加させる意向を明らかにしたとの情報が伝わってきている。場合によっては日量1,200万バレルまで引き上げる用意があるともしており、同国の増産に対する意欲は本物だと見ておくべきだろう。サウジが増産に転じれば、他の産油国もそれに追随せざるを得なくなり、今後石油生産は大幅に増加することが必至と思われる。前述のような要因による需要の減少に加え、今後は季節的にも暖房需要が伸び悩んでくることになる。世界市場がこの先、日量400万バレルを越えるような大幅な供給過剰に陥ることがあっても、何ら不思議ではないだろう。WTI原油価格も、20ドル台前半までは下げ幅を拡大する可能性があるとみておいたほうがよい。
しばらくはこうした弱気一色の状況に変化が生じることはなさそうだが、中長期的に相場が上昇に転じるとすれば、次の2つのシナリオが挙げられよう。一つはFRBの積極的な金融緩和による、需要の創出だ。FRBは先週に50bpの緊急利下げを行ったばかりだが、今回の事態を受けて17-18日のFOMCでも恐らく同じ50bpの利下げを行うことになるだろう。もちろんその後もゼロになるまで利下げを続ける可能性は高いし、それでも不十分となれば、量的緩和プログラム(QE)を再開させることも十分に考えられる。将来的な利下げ余地がほとんどなくなる中で、市場の押し上げ効果がどの程度のものになるのかは不明だが、少なくとも石油需要をある程度回復させる効果はあるのではないか。また再選を目指しているトランプ大統領が、所得税減税など新たな財政支出を打ち出す可能性も高く、こちらも相場の下支えとなりそうだ。
中長期的には、今回の価格急落でシェールオイル業者が採算割れに陥り、経営破綻が相次ぐシナリオにも注意が必要だ。前回サウジが価格戦争を仕掛けた時は、ウォール街からの潤沢な資金供給受けて踏みとどまり、サウジを返り討ちにしたシェール業者だが、今回は株価が急落する中で、投資家にそこまでの余裕はなくなっている。社債市場でも信用が急速に収縮してきており、資金の調達は当時より遥かに困難になっていると見ておくべきだろう。シェール業者の破綻が目に見えて増えてくるなら、将来的に米国の石油生産が大幅に減少するとの見方が浮上、投機的な買いを呼び込むことになるだろう。
為替市場は株価の急落を受け、足元でドル安の流れが急速に進んでいるが、この流れはそれほど長続きしないかもしれない。米株の急落が目立っているのは、ただ単にこれまで大きく買い進められ、極端に割高感が強かったことによるものであり、米国のファンダメンタルズや日本や欧州に比べるとやはりしっかりとしている。FRBの積極的に金融緩和などによって市場が落ち着きを取り戻し、原油も上昇基調に戻ってくるようになれば、逆に日本や欧州の景気見通しの弱さが懸念材料視される中で、米国に改めて資金が還流してくるようになるだろう。それにつれて、流れも一気にドル高方向に傾いてくるのではないか。
松本英毅 氏
よそうかい・グローバル・インベスターズ・インク代表。 会員制米国市場情報サイト「よそうかい.com 」を運営。ニューヨークを拠点に活動し、実際のトレードに役立つ情報提供を身上とする。金融から商品市場まで幅広い知識を有しており、一つの銘柄に捉われることなく総合的な判断を下すことができるのが強み。中でも、1バレル=10ドル時代から追い続けてきた原油市場については造詣が深い。トレード経験を活かした切り口の鋭い分析に定評がある。