こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、日本ではまだまだ情報の少ない人民元について、発表された報道や公表された経済データなどをもとに、相場の見通しを立てていきます。中国の金融市場(人民元や中国株・中国債券など)が世界の金融市場に与える影響は年々大きくなっていますので、人民元や他通貨の売買、ひいては世界経済の流れを掴むための情報としてご参考にして頂ければ幸いです。
第7回は「人民元買い圧力が強く利下げに転じた中国のいま」といたしまして、私なりの相場見通しをお伝えいたします。
目次
1.足元の人民元相場振り返り
2.注目トピック
3.1ヵ月間の相場見通し
1.足元の人民元相場振り返り
まず簡単に足元の人民元相場を振り返っていきましょう。
<USD/CNH(ドル/人民元)日足>
作成時点(2022年1月17日16:30現在)の為替レート:6.3493
USD/CNH相場ですが、米金利の上昇が見込まれる中でも人民元買い圧力が強まりました。中国のLPR(ローンプライムレートと呼ばれる優遇貸出レート)金利の低下など、どちらかと言えば人民元売りに傾きそうな材料もありました。ですが現段階では人民元買いの勢いが強かったです。特に年末の欧州時間には巨大フローと思われる人民元買いもみられるなど、「投資先としての中国」は引き続き相対的に魅力的なのでしょう。
<CNH/JPY(人民元/日本円)日足>
作成時点(2022年1月17日16:30現在)の為替レート:18.01
CNH/JPYは年初のドル/円の下押しにより一時17.85円前後まで下落しました。背景にはパウエルFRB議長の「金融引締め(バランスシートの縮小)は年後半を想定」との発言や、12月と1月の米経済指標にやや折り返しの動きがみられ、それによりドル/円が大きく売られたことが挙げられます。現在は持ち直しの動きがみられている状況です。
2.注目トピック
1点目は1月17日に行われた中国のオペ金利の引き下げです。オペ金利とは日々の中央銀行と民間銀行との資金調節のことで、中国人民銀行(中国の中央銀行)は市況をみながら調節を行っているのですが、ここで用いられる金利を0.1%引き下げました。これは実質的に「利下げ」とみてよいです。
※中国のオペ金利
ただし資金供給量が大きく変わっているわけではありません。つまり金融緩和と言うよりは、利下げ、為替レートへの働きかけを意図したものと思います。
※上図は中国の短期資金供給オペの残高推移グラフ。中央銀行から民間銀行への資金供給量は低下傾向にあることがわかる。つまり金融緩和に踏み切ったというよりは、利下げによる何か他の効果を狙っているものと推測される。
とすると背景には人民元高が進行していることが挙げられるのではないでしょうか。中国は「世界の工場」として多くの外貨を獲得していますが、それは為替レート(黒字が残せるほどに人民元安であること)に支えられている面もあるのです。2020年から続く人民元高トレンドを少しでも緩めたい、そういった意図が見え隠れします。
※好調を維持する中国の貿易収支
もちろん景気刺激の側面もあるでしょう。ただ景気刺激であれば貸出レートを引き下げるのが最も効果が高いように思いますので、どちらかと言えば人民元高抑制への働きかけを期待していると考えます。
2点目です。貸出レートと言えば今週1月20日に発表されるLPR(ローンプライムレートと呼ばれる優遇貸出レート)にも要注目です。中国には2種類の貸出基準レートが存在しており、一つが「貸出基準金利(一般に政策金利)」と呼ばれるもので現在4.35%、もう一つがLPRと呼ばれるもので現在3.80%です。前者は中央銀行が一方的に決めるもので、後者は各銀行の希望レートの加重平均により決定します。
※LPRと貸出基準レートの比較表
ですからLPRが引き下がったからと言って利下げと言うことではないのですが、この辺りのメカニズムに詳しい人は少ないため「利下げ」と報じられることになります。すると「利下げだ、利下げだ」と市場で反応してしまう人が出てしまうのも無理はないことで、それによる人民元の下落リスクには警戒しておきたいところです。
最後に(3点目に)中国のGDPについても触れておこうと思います。中国の2021年GDPは年率+8.1%、2年間平均で5.1%成長を記録しました。他の国と比べればこれでも非常に大きな数値ですが、やや下落基調にあるのが実態です。主因は一体なんでしょうか?
中国のGDPの内訳は国家統計局より産業別(第一次産業、第二次産業、第三次産業)に発表されるため細かな割合は分かりかねるのですが、その中でも大きな割合を占めると推測されるのが「不動産開発への投資」です。昨年、市場を大きくにぎわせた恒大集団の件を含めて、中国の不動産開発への投資は大きく減速しています。
※中国の不動産開発への投資の前年同月比
習近平政権では「共同富裕」と言うスローガンを掲げ、多くの国民が不動産購入に手が届くようにすべく、過度な不動産価格高騰を避ける方向で運営しているので、今後も不動産開発への投資が伸び悩み、これが少しずつGDP下押し圧力へと繋がっていく可能性が高い点には注意が必要です。
それからもう一点が中国の個人消費です。GDPのうち個人消費が占める割合は大きいはずですが、これも減速傾向にあります。
※中国の小売売上高の前年同月比
米中対立など先行き経済への不安もあるのでしょう、個人消費の伸びは鈍化しています。昨年は中国で食べ残しが話題になり「反食品浪費法」が制定されるといった消費行動への変化も見られました。党の方針転換(法の制定)を受けて、中国人の消費マインドに変化が起こってきているのかも知れません。
以上2点(不動産投資、個人消費)については、今後も下押し圧力が掛かる可能性があり、これがGDPを下押しする可能性が高い点には注意が必要です。
3.1ヵ月間の相場見通し
想定シナリオは以下の通りです。
今後1ヵ月の人民元相場見通し
対ドル:6.2500~6.4000 横ばい~下目線
ドル円:113.50~115.50 横ばい~上目線
対円:17.85円~18.35円 横ばい~やや上目線
まず対ドルですが、6.35をクリアに下抜ける可能性が高いと考えています。年末から何度も大口の人民元買いが入っているような値動きが見られており、またドル安が一服している現在の状況において一旦は下を試すのが為替市場らしい値動きと思います。
むろん中長期的には中国の景気下押し、米金利上昇を控えて人民元高が続きづらくなると思いますが、あくまで1ヵ月というスパンでみれば現在はドル売り、人民元買いでついていく局面と判断します。
対円についてはドル/円次第のところが大きいので、ドル/円のチャートをみていきます。
昨年から始まったドル/円の上昇ですが、上昇トレンド(緑のライン)が継続しています。背景にある基礎的な条件(日本の金融緩和の長期化、米国の金融引締め観測)は変わっていません。
従って直近の安値圏である112.70(赤いライン)をクリアに下抜けない限りは底堅い展開になると想定します。さらに先週末の値動きにフォーカスすれば2円以上の調整をしたあとに、買い圧力の強い形状とされる「下ヒゲ」を日足ベースで綺麗に描いていますので足元は底を固める動き、どちらかと言えば上を目指す動きになると想定しています。
目先のドル/円レンジを113.50(直近安値)~115.50円(昨年11月の高値)と仮置き、ドル/人民元のレートに匙加減を加えたものを想定レンジ(17.85円~18.35円)として掲載しました。
以上が私の現時点における人民元相場見通しとなります。ご参考にして頂ければ幸いです。
引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
<参考文献>
各種為替データ:
CNH/JPY:外貨ネクストネオ
USD/CNH:https://jp.tradingview.com
PBOCのMLFオペ調節グラフ:中国人民銀行より抜粋し筆者が作成v http://www.pbc.gov.cn/
中国貿易収支のグラフ:中华人民共和国海关总署より抜粋し筆者が作成
http://www.customs.gov.cn/
各種金利の比較表:中国人民銀行より抜粋し筆者が作成
http://www.pbc.gov.cn/
不動産開発への投資および、小売売上高のチャート:中国国家統計局、2021年国民经济持续恢复 发展预期目标较好完成
http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202201/t20220117_1826404.html
<補足事項>
人民元相場を追っていく時に、大切なことは、USD/CNH(ドル/人民元)を必ずチェックしておくことです。取引そのものはCNH/JPY(人民元/日本円)で行うことが多いと思いますが、CNH/JPYはUSD/CNHとUSD/JPYで構成されていますので、USD/CNHもチェックしておくことが肝要です。
またPBOC(中国人民銀行)が最も気にしているのもUSD/CNH(厳密にはUSD/CNY)です。日本銀行がドル円のレートを常に注意しているのと同様、PBOCも常に対ドルレートを気に掛けています。ですからUSD/CNHを見ておくことで、PBOCの動きにもアンテナを高くしておくことが出来るのです。
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