こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、日本ではまだまだ情報の少ない人民元について、発表された報道や公表された経済データなどをもとに、相場の見通しを立てていきます。中国の金融市場(人民元や中国株・中国債券など)が世界の金融市場に与える影響は年々大きくなっていますので、人民元や他通貨の売買、ひいては世界経済の流れを掴むための情報としてご参考にして頂ければ幸いです。
第4回は「【1人民元=17.50円】年初来高値を更新し続ける人民元の今後の見通し」といたしまして、解説します。
目次
1.足元の人民元相場
まず簡単に足元の人民元相場について振り返っていきましょう。
<USD/CNH(ドル/人民元)日足>
作成段階の為替レート:6.4385
USD/CNHはこの1ヵ月間、ほぼ横ばい推移となりました。恒大集団(中国の大手不動産開発会社)のデフォルト(債務不履行問題)、全国各地の停電などさまざまなリスク要因がささやかれましたが、通貨「人民元」への影響は軽微にとどまり、むしろ直近は買い圧力が強まっています。
<CNH/JPY(人民元/日本円)日足>
作成段階の為替レート:17.52
CNH/JPYは急上昇しています。年初来高値の17.30レベルを超えたあとはほぼ一本調子で上昇し17.50を突破、16.80レベルの底値から約4.2%上昇しました。
主因は円安です。USD/JPY(ドル円)が年初来高値を更新していることがCNH/JPYの上昇に繋がっています。
とは言えCNH/JPYの買い持ちは高水準のスワップポイントが付与されますので、USD/JPYの買い持ちよりも、CNH/JPYの買い持ちのパフォーマンスが優れています。CNH/JPYの買い持ちがワークした1カ月だったと言えるでしょう。
2.注目のトピック
為替レートに関係が深そうな話題を2つピックアップしました。
一点目が恒大集団のデフォルトについてです。過去のニュースを振り返ってみましたが8月下旬くらいから報道が始まり、9月は特にさかんに報道が行われ、10月に入って報道が沈静化しています。
特に報道の初期段階においては市場参加者の不安が拡大しリスクオフの動きになることも多かったように記憶しています。しかし月の後半には恒大集団の資産売却先(例えば遼寧省の国有ファンド)が見つかり、今月には支援先(例えば香港富豪のジョセフ・ラウ氏)が見つかったことで少しずつリスクオフの雰囲気は和らいでいきました。
さらに国慶節(10月1日~10月7日の長期連休)を前に中国人民銀行が金融市場を支える動きを見せたことも市場参加者に好感されました。短期の金融市場に8,400億人民元(約14兆7,000億円)もの資金を投入したことで、リスクオフムードは急速に和らぎました。
本件を端的に表せば「中国不動産市況の悪化」です。事態は恒大集団に限りませんので、引き続き注視していくことが大切だと思います。
二点目が米中金利差です。米国のインフレ圧力の高まりを背景に、米長期金利は上昇を続けており、また市場参加者の米利上げ観測は徐々に前倒しになっています。ゆえに米ドルが強くなりそうと考える方も多いかも知れません。
以下の図をご覧ください。為替レートに特に関係の深い「3カ月物金利」を米国と中国で比較しました。
実は米中の短期金利の差は拡大していません。実は米短期金利は米利上げ実施直前まで上昇しないのです。つまり短期金利差は拡大していない、ゆえに両国の為替レートは大して変動していないのです。
先週末時点の市場参加者の見通し、その中心値は「2022年9月FOMCで利上げアナウンス」です。そのため来年の下半期(2022年7月)から米中金利差が拡大するかもしれません。そうなるといよいよ米ドル買い圧力が強まる展開になることを想定しておいた方が無難でしょう。
3.今後の見通し
現時点における10月の人民元相場見通し
対ドル:6.38~6.48 横ばい~やや下の目線
対円:17.30~17.85 上目線
人民元については全体的に人民元高の材料が多いと思っています。中国の景気そのものはあまり良くなさそうですが、米中金利差が変わらず2.3%と高水準にあること、物価高が進んでおり輸入物価を抑えるためには人民元安に誘導しづらいこと、米中関係も一時的かも知れませんが改善の兆しが見られていることなどを要因として挙げます。
ドルについては来月11月のテーパリングアナウンス、来年6月のテーパリング完了、そして来年後半の利上げ、このスケジュールに変化が見られなければ大きな動きはないと判断しています。スケジュールの変化を見逃さないために、あしもとの物価高を注意深く見守りつつ、FEDメンバーの発言に耳を傾けていくべきセッションと言えるでしょう。
円については独歩安の様相を呈しています。
直近8月の国際収支(日本と海外との全ての商取引の損益)を眺めてみると、これだけの円安にもかかわらず貿易収支が赤字であることが気になりました。今は海外で活躍する製造業からの配当金を頼りに経常収支(貿易+サービス+配当金などの損益)は黒字を維持していますが、電気自動車が世界に広がる動きの中で日本勢が世界におけるシェアを落とすことがあれば、いよいよ赤字転落を覚悟する必要があります。
さらに新しく首相に就任した岸田氏は「改革」よりも「分配」を前面に打ちだしています。中国やその他の新興国が台頭する中で、日本がさらに内向きな、大衆主義的な政策を続けるようだと、これが円安や株安材料として扱われることになると思います。
従って対ドルについては緩やかな人民元高を想定、対円については上目線(人民元高目線)を継続します。
本日は以上となります。引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
各種為替データ:https://Investing.com
日本経済新聞:米中首脳、「予想外の衝突」回避へ電話協議 7カ月ぶり
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM107RY0Q1A910C2000000/
日本経済新聞:中国原油、初の備蓄放出 資源高けん制
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM101IN0Q1A910C2000000/
日本経済新聞:中国大手銀、不動産向け融資悪化 当局の締め付け影響
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM315QO0R30C21A8000000/
補足事項
人民元相場を追っていく時に、大切なことは、USD/CNH(ドル/人民元)を必ずチェックしておくことです。取引そのものはCNH/JPY(人民元/日本円)で行うことが多いと思いますが、CNH/JPYはUSD/CNHとUSD/JPYで構成されていますので、USD/CNHもチェックしておくことが肝要です。
またPBOC(中国人民銀行)が最も気にしているのもUSD/CNH(厳密にはUSD/CNY)です。日本銀行がドル円のレートを常に注意しているのと同様、PBOCも常に対ドルレートを気に掛けています。ですからUSD/CNHを見ておくことで、PBOCの動きにもアンテナを高くしておくことが出来るのです。
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