こんにちは、戸田です。
本シリーズでは、日本ではまだまだ情報の少ない人民元について、発表された報道や公表された経済データなどをもとに、相場の見通しを立てていきます。中国の金融市場(人民元や中国株・中国債券など)が、世界の金融市場に与える影響は年々大きくなっていますので、人民元や他通貨の売買、ひいては世界経済の流れを掴むための情報としてご参考にして頂ければ幸いです。
第3回は「物価高抑制と米中緊張緩和による人民元高を想定」といたしまして、解説します。
目次
1.足元の人民元相場
まず簡単に足元の人民元相場について振り返っていきましょう。
<USD/CNH日足>
作成段階の為替レート:6.4489
8月中旬に、堅調な米経済指標を背景に米ドル買いが進む局面がありました。その局面では一時6.50を上抜けてドル高、人民元安が進みましたが、その後はドルが反落する中で人民元は買い戻されました。現在はドル売り、人民元買いが優勢で、6.42のサポートレベルを試す展開になっています。
米ドルを巡ってはテーパリング(金融緩和縮小)の開始時期や利上げ時期がそれぞれ年内と2022年後半~2023年初に概ね定まってきたことで、新しいネタを探す時期に差し掛かっていると思います。ゆえに米ドルはしばらく上下どちらにも動きづらい展開が続くと想定します。
そういった環境下で人民元にどこまで買いが入るか、ここが注目点と考えます。
<CNH/JPY日足>
作成段階の為替レート:17.0498
ドル高が収まった8月の中旬以降、CNH/JPYは堅調に推移しています。
チャートで見ると16.80辺りをサポートに買いがしっかりしてきた印象です。この間、より大きく伸びたクロス円(ドル円以外の円ポジションの総称)や不安定に推移したクロス円もありますが、人民元は対円にしても、対ドルにしてもそう簡単に売られない「らしさ」が出た1ヵ月でした。
2.注目のトピック
為替レートに関係が深そうな話題を2つピックアップしました。
一点目が先週の金曜日(2021年9月10日)に米中首脳の電話協議が7ヵ月ぶりに行われたことです。両国が緊張緩和に向けて努力することで、投資家のセンチメントは改善し、ドルよりも高金利通貨(リスクオン時に買われやすい通貨)である人民元の買い要因となりそうです。
背景には10~11月に英国で開く第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に向け、米国側が中国側の対策強化を求めていることが挙げられます。また最近のグローバルサプライチェーンのボトルネックについても両国共に改善したいのかも知れません。
米国が中国を「戦略的な競争相手とみなす」向き合い方に大きな変化が生じるとは思いませんが、こうして対話が開かれ環境問題だけでもきちんと話し合いが行われることは世界経済にとってもプラスに働くでしょう。
二点目が中国の国家糧食・物資備蓄局が、原油の国家備蓄を放出すると発表したことです。銅やアルミに次いで行われているようで資源価格の高騰に対して国家が介入せざるを得ない状況になっているようです。
世界中でコロナ被害が蔓延していることや、先に述べたようにサプライチェーンに変化が生じている事、米中対立の影響で関税が高くなっていることなど複合的な要因があるのですが、急に収まりそうもないところは大変気になるところです。
こう言った状況で人民元はどうなるのか?と言うと、人民元安は困るわけです。なぜならば、さらに資源の輸入物価が上がってしまうからです。従って、中国としては人民元安方向には是が非でも推移させたくない状況といえます。
過去のデータを載せておきますが、2016年の生産者物価上昇のあとには人民元高が訪れました。
ですので、米中緊張緩和、中国生産者物価上昇、左記二点についてはいずれも人民元高要因として考えています。
一方で中国の不動産向け融資のデフォルト懸念などは不安材料です。
一般に中国人は強気の経営スタンスなので、株価や資産価格が崩れる局面で企業の資産価格も下落し、デフォルト懸念の話は毎度のように出てきます。なので個人的には企業単体の話を意識することは少ないのですが、実態は正直よく分からないところも多いので、一応ネガティブな要因として認識しておいて、何かあったらすっと引くイメージだけ持っていれば良いと思います。
3.今後の見通し
現時点における8月の人民元相場見通し
対ドル:6.36~6.52 横ばい~やや下の目線
対円:16.90~17.20 上目線
人民元については全体的に人民元高の材料が多いと思っています。中国の景気そのものはあまり良くなさそうですが、物価高が進んでおり人民元安に誘導しづらいこと、米中関係も一時的かも知れませんが改善の兆しが見られていることが背景です。
ドルについては先に述べたように、テーパリングの開始時期、利上げ時期が概ね固まってきましたので、しばらく大きく動くとは思っていません。したがってドル要因はフラットに見ています。
円については量的緩和を継続しているものの、資金供給量があまり増えていないのは気掛かりなところです。ただし首相の変更が予定されていることもあって新たな景気対策への期待も大きいですから、株高・円安(リスクオン)要因と捉えています。
従って対ドルについては緩やかな人民元高を想定、対円については上目線(人民元高目線)を継続します。
本日は以上となります。引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします。
戸田裕大
各種為替データ:https://Investing.com
日本経済新聞:米中首脳、「予想外の衝突」回避へ電話協議 7カ月ぶり
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM107RY0Q1A910C2000000/
日本経済新聞:中国原油、初の備蓄放出 資源高けん制
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM101IN0Q1A910C2000000/
日本経済新聞:中国大手銀、不動産向け融資悪化 当局の締め付け影響
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM315QO0R30C21A8000000/
補足事項
人民元相場を追っていく時に、大切なことは、USD/CNH(ドル/人民元)を必ずチェックしておくことです。取引そのものはCNH/JPY(人民元/日本円)で行うことが多いと思いますが、CNH/JPYはUSD/CNHとUSD/JPYで構成されていますので、USD/CNHもチェックしておくことが肝要です。
またPBOC(中国人民銀行)が最も気にしているのもUSD/CNH(厳密にはUSD/CNY)です。日本銀行がドル円のレートを常に注意しているのと同様、PBOCも常に対ドルレートを気に掛けています。ですからUSD/CNHを見ておくことで、PBOCの動きにもアンテナを高くしておくことが出来るのです。
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