世界の通貨 ヨーロッパ

ユーロの基礎知識

正式名称: 欧州連合
中央銀行: ECB(European Central Bank 欧州中央銀行)
欧州連合の歴史: 1950年5月9日、フランスのロベール・シューマン外相(当時)が欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)の創設を提唱しました。それをきっかけに、ヨーロッパ地域では米国に経済的規模や軍事的規模で引けを取らないよう共同体構想を実現させ、ヨーロッパ地域の国の結束を強くしていこうとする動きが出てきました。そして、その構想は1952年に実現し、さらに1958年には欧州経済共同体(EEC)、欧州原子力共同体(EAEC=Euratom)が設立されました。1967年には欧州共同体(EC)誕生し、ECSC、EEC、Euratomの3共同体はECと総称されるようになりました。
ECの加盟国は発足当初6ヶ国でしたが、1973年には9ヶ国、1981年には10ヶ国、1986年には12ヶ国にまでそれぞれ増えていきました。
そして1993年11月1日、ECを発展させる形で欧州連合(The European Union=EU)が創設されました。EU創設後も加盟国は増え続け、1995年には15ヶ国、2004年には25ヶ国、2007年には27ヶ国にまでそれぞれ増えていきました。
ユーロの歴史: 1990年代に入ると、EU加盟国内でのヒト、モノ、お金の流通をさらに活発化させるために欧州単一通貨の導入の必要性が叫ばれるようになってきました。そのことを受けて、1992年に締結されたマーストリヒト条約では、欧州単一通貨・ユーロの導入が決定しました。
その後準備期間を経て、1999年にはEUの加盟国うち11ヶ国(オーストリア、ベルギー、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、オランダ、ポルトガル、スペイン)でユーロが導入されました。2001年には、ギリシャがユーロ導入に踏み切り、ユーロが導入国は12ヶ国となりました。そして、2002年1月1日には、その12ヶ国でユーロ貨幣の流通が開始しました。
2007年1月にはスロベニア、2008年1月にはマルタとキプロス、2009年1月にはスロバキア、そして2011年1月にはエストニアで導入され、ユーロ導入国は17ヶ国となりました。

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ユーロ圏のお金の種類は?

ユーロ圏(ユーロが導入されている国々)の通貨単位は「ユーロ(「」または「EUR」で表記されます)」といいます。また、補助通貨として「セント(「¢」で表記されます)」もあり、100セントは1ユーロに相当します。

ユーロ圏では、7種類の紙幣と、8種類の硬貨が流通しております。 500ユーロ札
紙幣 5ユーロ、10ユーロ、20ユーロ、50ユーロ、100ユーロ、200ユーロ、500ユーロ
硬貨 1セント、2セント、5セント、10セント、20セント、50セント、1ユーロ、2ユーロ

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ユーロ相場の変動要因

ユーロも、米ドルと同様にユーロ圏の経済指標や要人発言が主な変動要因となっております(具体例は米ドルの紹介ページをご参照ください)。ここでは、そのほかにも注目しておきたい変動要因を紹介します。

欧州債務問題

2009年秋に起きたギリシャの政権交代をきっかけとして多額の「隠れ債務」が発覚すると、同国国債価格が暴落。市場の信頼を失ったギリシャは国債市場での資金調達が事実上不可能となり、2010年4月に、欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)に支援融資を要請しました。その後、2010年後半から2011年にかけて、アイルランドやポルトガルも同様の支援要請に追い込まれるなど、債務危機が拡大。一時はスペインやイタリアのみならず、フランスにまで債務懸念が広がるかに見えましたが、2012年に入ると、ギリシャ向け第2次支援が正式に決まった事や、欧州中銀(ECB)による大量の資金供給などを背景に問題国の国債利回り上昇に歯止めがかかり、小康状態となっています。ただ、ギリシャなどの問題国が財政改革と景気回復を両立させて、予定通りに市場復帰できるかについては不透明な部分が多いと言わざるを得ません。

ドイツ、フランスの経済指標

経済指標ではユーロ圏全体の指標の他に、ユーロ圏の中心国であるドイツ、フランス両国の指標が注目されます。両国の失業率、GDP、鉱工業生産、生産者物価指数、消費者物価指数が特に重要視されますが、ドイツで発表されるZEW景況感指数やIFO景況指数も非常に注目されています。

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ユーロ相場の推移

ユーロ円相場

ユーロ円相場

ユーロが導入された1999年から翌2000年後半まで、EU内の経済不均衡などからユーロ円相場は下落しました。ユーロ導入時には132円台だったユーロ円相場は、2000年10月には88.96円にまで値を下げましたが、日・米・欧による協調介入によって底打ちすると、上昇基調に転じ、2002年には120円台を回復。2005年以降はユーロ圏の利上げ期待に加え、円キャリートレードの活発化などによって一段と値を上げ、2006年には150円台、2008年7月には170円台目前にまで迫りました。 しかし、2008年秋のいわゆる「リーマンショック」によって、世界景気に対する懸念が拡大し、ユーロ円相場は一転して下落基調となりました。そして2010年にはギリシャをはじめとするユーロ導入国の財政不安が広がると、下落基調に拍車がかかり、2011年末には、10年ぶりに100円を割り込み、2012年1月には97.03円まで下落しました。その後は、ギリシャ情勢への懸念がやや後退した事から109円台まで値を戻しましたが、依然として不安定な値動きが続いています。

ユーロ・米ドル相場

ユーロ・米ドル相場

ユーロ米ドル相場も、ユーロ円相場と同じ要因で1999年初から翌2000年後半まで下落を続け、2000年10月には史上最安値となる0.82ドル台をつけました。その後は協調介入によって底打ちし、2004年12月には1.36ドル台後半をつけました。2005年はドルが上昇基調となったため、ユーロ米ドル相場は1.16ドル台前半にまで下落しましたが、2006年からはユーロ圏経済の堅調さを好感したユーロ買いなどによって、再び上昇基調となり、2008年7月には史上最高値の1.60ドル台をつけました。 しかし、2008年秋のいわゆる「リーマンショック」によって、世界景気に対する懸念が拡大すると、ユーロ米ドル相場は再び下落に転じ、2010年にギリシャをはじめとするユーロ導入国の財政不安が広がると、1.20ドルを割り込みました。2011年5月には、ECBによる利上げなどもあって1.49ドル台まで反発する場面がありましたが、その後は債務危機がイタリアやスペインにまで拡大する兆候が見られた事から、またしても下落に転じ、2011年12月には1.30ドルを割り込み、翌2012年1月には1.26ドル台まで反落しています。

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ユーロ関連リンク集

出典

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