
作成日時:2026年8月14日
政策金利0%のスイスフランを売り、政策金利37.00%のトルコリラを買う——。 この大きな金利差を背景に、スイスフラン/トルコリラ(CHF/TRY)の売りはスワップ狙いの長期保有先として人気が高まっています。
構造としては、低金利通貨を売り、高金利通貨を買うキャリートレードであり、トルコリラ/円(TRY/JPY)の買いと似ています。
しかし、投資家の間ではこんな疑問もよく聞かれます。
「スイスフラン/トルコリラはトルコリラ/円より荒いのでは?」
そこで本稿では、 両者の急変の頻度・一撃の大きさ・取引規模の違いをデータで比較し、 「どちらが長期保有に向くのか」を判断する材料を整理します。
※スイス国立銀行(SNB)は2025年6月に政策金利を0%へ下げて以降据え置いており、日銀の1.00%を下回ります(金利はいずれも2026年8月時点)。
スワップポイントの構造は共通 リスクオフ時の逆風も同じ形で現れる
金利差を受け取る構造と、抱える為替リスクの形は共通しています。トルコリラ/円の買いは、トルコリラの全面安または円の全面高で損失が広がります。一方、スイスフラン/トルコリラの売りは、トルコリラの全面安またはスイスフランの全面高でスイスフラン/トルコリラが上昇したときに損失となります。
| 項目 | トルコリラ/円の買い | スイスフラン/トルコリラの売り |
|---|---|---|
| 保有する高金利通貨 | トルコリラ | トルコリラ |
| 売る低金利通貨 | 円 | スイスフラン |
| トルコリラの全面安 | トルコリラ/円の下落要因 | スイスフラン/トルコリラの上昇要因 |
| 相手通貨の全面高 | 円高が逆風 | スイスフラン高が逆風 |
| リスクオフ局面 | トルコリラ安+円高 | トルコリラ安+スイスフラン高 |
また、市場不安の局面では、新興国通貨のトルコリラが売られる一方、安全通貨とされる円やスイスフランは買われやすくなります。トルコリラ安と相手通貨高が重なり、値動きが増幅されやすい点も同じです。
構造が似ているなら、値動きの現れ方も似るのか。確認するために、過去19年分の急変を数えてみます。
急変の回数はほぼ同じだった|両通貨ペアの急変頻度を比較
集計の前提と、トルコリラの下落率でそろえる理由
10営業日以内の変動を、トルコリラ/円は高値から安値への下落、スイスフラン/トルコリラは安値から高値への上昇として、それぞれ1つの「波」と捉えて集計しました。2007年4月から2026年7月まで、日足の四本値をもとに外為どっとコム総研で算出しています。なおスイスフラン/トルコリラは2026年4月に取り扱いを開始した通貨ペアのため、それ以前の値動きは参考レートによるものです。
ここで一点、そろえておく必要があります。トルコリラは、トルコリラ/円では左側、スイスフラン/トルコリラでは右側に位置します。同じトルコリラ安でも、左側にあれば下落率、右側にあれば上昇率として表れ、計算上は上昇率のほうが必ず大きく出ます。トルコリラが20%下落した場合、トルコリラ/円は20%の下落、スイスフラン/トルコリラは25%の上昇です。そこで下の表は、トルコリラが何%下落したかを基準にそろえました。
10営業日以内に発生した急変の回数(2007年〜2026年)|急変頻度の比較
| トルコリラの下落率 | トルコリラ/円の下落 | スイスフラン/トルコリラの上昇 |
|---|---|---|
| 10%相当 | 21波 | 19波 |
| 15%相当 | 7波 | 8波 |
| 20%相当 | 3波 | 4波 |
| 30%相当 | 2波 | 1波 |
約19年間で、どの水準でもほぼ並びます。多い少ないを論じられるほどの開きは見られません。
30%相当に該当するのは、トルコリラ/円が2008年10月と2018年8月、スイスフラン/トルコリラが2018年8月です。いずれもトルコリラ自体が崩れた局面で、震源は共通しています。
「スイスフラン/トルコリラのほうが荒い」という印象は、少なくとも急変の頻度という面では裏付けられないとみてよさそうです。すでに売り持ち(スイスフラン売り・トルコリラ買い)を抱えている方にとっては、いくらか安心できる材料かもしれません。
ただし、回数が同じであることと、一度の急変で受ける打撃が同じであることは、別の話です。同じ回数のなかに、どんな性質の変動が含まれているのか。ここから差が出てきます。
相手通貨が単独で起こす急変(いわば“一撃”)は、円とフランで大きく異なる
トルコリラが崩れていない状態で、相手通貨側の事情だけで生じた変動を取り出すと、様相が変わります。
円高が単独で起こす下落は15%以内|円側の急変リスクの特徴
円の急騰が主因となったトルコリラ/円の下落を並べると、2019年1月のフラッシュクラッシュが−14.6%で最大。2016年6月の英国EU離脱決定が−12.0%、2020年3月のコロナショックが−10.2%、2024年8月の円キャリー巻き戻しが−9.9%です。円高が単独で起こす打撃は、おおむね15%以内に収まってきました。
2015年1月15日、スイスフランは1日で37.8%動いた|SNBショックの急変リスク
一方、スイスフランには2015年1月15日があります。SNBがユーロ/スイスフランの下限を突然撤廃し、同時にマイナス金利をマイナス0.75%へ拡大した日です。スイスフラン/トルコリラは、この1日だけで安値2.2249から高値3.0669まで、約37.8%上昇しました。
同じ日、トルコリラはほとんど動いていません
注目したいのは、同じ日のトルコリラ/円です。51.85円から49.96円へ、下落率は3.6%にとどまりました。トルコリラは、ほとんど動いていません。震源はスイスフラン側だけにあり、それでも売り持ちには38%の逆風が吹いたことになります。
一時的なヒゲではなく、水準そのものが移動しました
前日終値2.2378から当日終値2.6894へ約20%切り上がり、その後も2.65〜2.75の水準で推移しています。戻りを待って耐える、という対処が効かない形の変動です。
円の側にこれに相当する事例は見当たりません。日銀が円の水準を人為的に抑え、それを一夜で撤回するという構図が存在しないためです。逆に言えば、SNBが為替介入や下限設定に踏み込みうる中央銀行である以上、その方針転換はスイスフラン/トルコリラ固有のリスクとして残り続ける可能性があります。
急変の回数は同じでも、一撃の最大値は別物。ここが両者を分ける核心とみられます。最後に、実際に取引する際の数量について触れておきます。
同じ1Lotでも取引規模とトルコリラ数量は大きく異なる|建玉の大きさに注意
ここまで値動きを見てきましたが、実際に建てるときの規模にも違いがあります。同じ1Lotでも、取引の大きさそのものが異なるためです。
1Lot=1,000通貨とすると、トルコリラ/円の1Lot買いは1,000TRY、スイスフラン/トルコリラの1Lot売りは1,000CHFの取引です。円換算では数千円と20万円弱、必要な保証金もこの差に応じて変わります。同じLot数だから同じ規模、とはなりません。
そのうえでトルコリラの数量を見ると、差はさらに開きます。スイスフラン/トルコリラが59であれば(2026年8月時点)、1,000CHFの売りは約59,000TRYを買う規模にあたります。トルコリラ/円の1Lotが1,000TRYであることと比べると、同じ「1Lot」でも内包するリラの量は大きく違います。
Lot数の感覚をそのまま持ち込むと、想定より大きな建玉になりかねません。保証金と口座の余力から逆算して数量を決めておきたいところです。
2021年は短期間に急変が繰り返された|信認低下時の特徴
もう一点、2021年11月から12月にかけては、スイスフラン/トルコリラが30%を超える急騰を複数回記録しています。信認が揺らいだ状態が続くと、短期間に繰り返し起こり得る点も頭に置いておきたいところです。
ここまでの内容を、最後に整理します。
まとめ 問うべきは「荒さ」ではなく、相手通貨が単独で起こす急変リスク
低金利通貨を売り、高金利のトルコリラを保有する。この構図は共通です。急変の頻度にも、統一した基準で数える限り大きな差は見られませんでした。
両者を分けるのは、リラの相手が円かフランか、その一点です。そして円が単独で起こした下落は最大でも約15%だった一方、スイスフランは2015年1月15日に、リラがほとんど動かないなかで38%の変動を起こしています。
「円よりスイスフランの金利が低いから、トルコリラ/円の代わりにスイスフラン/トルコリラを売ればよい」——金利差だけを見ればそうなりますが、置き換えたときに変わるのは金利だけではありません。すでに売り持ちの方も、これから検討される方も、トルコリラ安への備えに加えて、SNBの政策変更という第二の震源を織り込んでおきたいところです。
