
⚫️サマリー
介入効果の持続性を左右する最大の要因は、規模ではなくタイミングであろう。総額30兆円近い一連の円買い介入が効果を持続的に発揮するには、中東情勢の改善と原油価格の低下により、米国の利上げが見送られ、日本の貿易収支が改善することが必要だと考えられる。
10兆円を超える介入でドル円相場は一時150円台半ばへ
米国FOMC(7/28-29)と日銀金融政決定会合(7/30-31)の合間を狙ったかのように行われた日米の協調介入により、円相場は7月29日までの1ドル=163円台後半から8月3日には一時155円台まで円高方向に振れた。この相場水準は、今年4月30日から5月6日にかけて行われたとみられる総額11.7兆円の介入直後と同程度であり、150円台半ばが一つの目安になっているようにも見える。
今回の介入額は、日銀当座預金の増減の短資会社による予想と実績との乖離から判断する限り、7月30日に6.3~9.4兆円、31日に4.6~5.6兆円、8月3日にも1兆円程度、3営業日累計で12~16兆円程度に上ったとみられるが、ドル円相場は早くも157円台まで戻しており、その効果の持続性には懐疑的な見方は少なくない。そのため、以下では、円の押し上げ効果が比較的長く続いた2024年7月の介入と、今年4月以降の介入を一連のものとした今回のケースについて、ドル円相場を取り巻く環境を比べることで、介入効果の持続性について検討したい。
2024年7月の介入効果は1年以上持続
2024年のドル円相場は、年初の1ドル=140円台前半から、米国の長期金利上昇を主因として6月には160円を超えて円安が進行した。日本政府・日銀は、4月29日に5.9兆円、5月1日には3.9兆円、計9.8兆円のドル売り円買い介入を実施したが、円安には歯止めが掛かなかった。ところが、円安が1ドル=161円台まで進んだことを受けて7月11~12日に5.5兆円規模のドル売り円買い介入が追加で行われて以降は急速に円安が修正され、8月には概ね140円台前半が定着、トランプ大統領の当選(11/6)から就任(翌年1/20)にかけてのドル高により150円台後半まで円安ドル高に振れる時期はあったものの、2025年10月の自民党高市総裁誕生までは基本的に140円台で推移した。

この間のドル円相場を取り巻く環境を確認すると、米国では政策金利が2024年9月から2025年12月にかけて引き下げられ(FFレート目標上限5.5%→3.75%)、それを織り込むかたちで長期金利(国債10年物利回り)が先行して4月の4%台半ばから8月には3%後半へ低下、一方の日本では政策金利が2025年12月大幅に引き上げられ(無担保コール翌日物誘導目標0.1%→0.75%)、日米の金利差は急速に縮小した。日本の貿易赤字(季節調整値)も、月間6千億円を超えていた2024年7月から9月以降の半年間は月平均3千億円弱に縮小、貿易取引に伴う実需からの円安圧力は半減した。

こうした状況を受けて、投機筋(非商業部門)のドル円相場の先物ポジション(ネット)は、介入直前の18万枚超の売り越しから1か月後には2万枚あまりの買い越しに転じ、市場で円高期待が高まったことが示された。その後も、上記のトランプ大統領に対する期待が高まった11月(4か月後)から翌年1月(6か月後)にかけてのドル高局面を除けば、2025年中も投機筋の先物ポジションは円の買い越しが続き、根強い円高期待が介入効果を持続させたという見方ができそうである。つまり、介入の効果は規模よりもタイミングが重要だと言える。
今回の介入効果の持続性は中東情勢次第
同様に、今年4月末の介入以降のドル円相場を取り巻く環境を見ると、米国の政策金利は据え置かれたままであり、むしろ中東発のインフレ圧力により利上げ観測が燻り、長期金利も緩やかながら上昇基調にある。一方の日本の政策金利は6月に引き上げられたものの、市場の期待が高まった4月には利上げが見送られており、日米金利差が縮小していくという期待感に欠ける状況にある。日本の長期金利は上昇傾向にあるが、日本経済のファンダメンタルズよりもインフレリスクや財政懸念を反映した部分が大きいとみられ、円買い圧力ではなく円安材料となり得るものである。日本の貿易収支も、中東情勢の悪化を受けた原油価格の上昇が時間をおいて反映されるにつれて赤字幅を拡大させており、実需面からの円安圧力は強まっている。
その結果、投機筋のドル円先物ポジションの売り越しは、4月末の10万枚強から介入直後こそ6万枚ほどに縮小したが、1か月後の5月終盤には10万枚を超え、以降7月28日まで拡大傾向にあった。つまり、今年のゴールデンウィークの介入は、その後のドル円相場の推移を見ても明らかなように、市場の円安期待を払拭するには至らなかったということになる。
もちろん、今回の7月30日以降の介入によって投機筋の先物ポジションの円売り越し幅は縮小したとみられるが、介入効果の持続性という意味では、円の買い越しに転じ、それが定着するかどうかが重要となり、そのためにはドル円相場を取り巻く環境が円安トレンドを屈折させる方向に転換する必要があろう。
具体的には、米国金利や日本の貿易収支の方向性であり、そのカギを握る中東情勢に大きく左右されることになる。中東情勢については、トランプ大統領が攻撃より交渉を優先する姿勢を示していることが期待感を高めるものの、6月15日の戦闘終結に向けた覚書が1か月ほどで反故になったことを踏まえると、楽観はできない。少なくとも現状は米国の利上げ観測が収まらず、日本の貿易収支改善への期待も乏しい。さらには、有事のドル買い需要も根強い。
そのため、仮に日本の利上げペース加速が現実味を帯び、財政悪化への懸念が弱まったとしても、それだけで投機筋のドル円先物ポジションが円買いに転じるほどに市場の円高期待が広がるような状況は見込み難い。
総額30兆円近い4月以降の一連の円買い介入が効果を持続的に発揮するには、中東情勢が改善し、原油価格が低下することで、米国の利上げが見送られ、日本の貿易収支が改善することで、ドル円相場を左右する要因の大多数が円安修正を示唆し、市場の円高期待が高まることが必要であろう。
●伊藤忠総研・武田淳氏のレポートはこちら👇
武田淳(たけだ・あつし)
1990年大阪大学工学部応用物理学科卒業。2022年法政大学大学院経済学研究科修了。1990年第一勧業銀行(現みずほ銀行)に入行し、第一勧銀総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)、みずほ銀行総合コンサルティング部などを経て、2009年伊藤忠商事入社。マクロ経済総括・チーフエコノミストとして内外政経情勢の調査業務に従事。2019年伊藤忠総研設立に伴って出向。2023年より代表取締役社長を兼務。「ESPフォーキャスト」フォーキャスター、テレビ東京「モーニングサテライト」レギュラーコメンテーター、日経新聞「十字路」レギュラー執筆者。
