
停戦外交はエルドアン政権を救うか
6 月 15 日の停戦合意発表の直後、与党系メディアは祝祭ムードに包まれました。複数のニュース番組がレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領の外交的成果を称賛し、A Haber の番組に出演した評論家ジョシュクン・バシュブー氏は「アメリカのドナルド・トランプ大統領が言及していたような大規模な中東戦争が起きなかったのは、トルコのおかげだ。エルドアン大統領と外務省が展開した集中的な外交努力が、大きな破局を防いだ」と語りました。SNS 上でも与党支持者から「これでトルコの国際的地位が一段と高まった」という声が相次ぎました。
■数字が示す「外交ブースト」
実際、世論調査の数字を見ると、この外交成果が政権に確かな追い風を生んでいることが見えてきます。トルコ国内の調査会社 SONAR が行った調査では、米イラン間の緊張をめぐるトルコの対応を「良いと思う」と答えた人が 47.6%に達し、「良くないと思う」の 33.1%を大きく上回りました。また「危機の際にトルコを率いるべき人物は誰か」という問いには54%がエルドアン大統領を挙げています。
このデータを受けて、Hürriyet 紙のコラムニスト、アブドゥルカディル・セルヴィ氏は「経済的な困難があるにもかかわらず与党である公正発展党(AKP)の支持率が上がっているのなら、その理由はイラン危機での思慮深い政策運営であり、最大の功績はエルドアン大統領にある」と論じました。実際、トルコ国内の他の調査会社のデータも同じ方向を示しています。2026 年 4 月の調査では、AKP が半年ぶりに支持率トップに返り咲き、野党第一党の共和人民党(CHP)を抑える結果となりました。ある調査では AKP が 35.3%、CHPが 30.5%と、その差は一時的に広がっています。セルヴィ氏は「危機や戦争の時代には、国民はエルドアン大統領のリーダーシップに信頼を寄せる傾向が強まる」と分析し、一部の調査では大統領への信頼度が 6〜8 ポイント上昇したと伝えています。
テレビで放送されたある地方都市の街頭インタビューでも、こうした空気は色濃く感じられます。インタビューに応じた高齢の男性は「エルドアンの悪口を言う権利はあなたたちにない。彼は世界的な指導者だ」と語気を強めていました。
■「外交ブースト」の限界
ただしこの「外交ブースト」には限界があることも、同じ調査データが示しています。SONAR の調査では、政府の経済政策を「支持しない」と答えた人が 63.9%に達し、「支持する」と答えた人はわずか 22.7%にとどまりました。「収入は支出の増加に追いついているか」という問いには 69.7%が「いいえ」と回答しています。さらに「トルコが現在抱える最大の問題は何か」という設問では、インフレ・物価高を挙げた人が 28.6%で最多となり、米イラン情勢を挙げた人はわずか 8.8%にとどまりました。セルヴィ氏はこの結果について「国民はまず自分自身の生活の戦いを優先している」と評しています。
つまり外交の成果は確かにエルドアン大統領個人への信頼を高め、与党の支持率を押し上げる効果を持っています。しかし、それだけでは経済不安という根本的な問題を解消できないことは明白です。
■野党が見る「すり替え」の構図
野党側もこの構図を見過ごしていません。CHP のオズギュル・オゼル前党首は、党の公式声明の中で「国内で不安定化や正当性の低下に苦しむ政権は、しばしば自らの危機を対外問題へとすり替える。対外的な緊張や軍事化された言説、地政学的な駆け引きは、もはや得られない国民の信頼や経済的成功の代わりに使われる」と述べ、政府の外交姿勢を間接的に批判しました。これは名指しでイラン情勢を指したものではありませんが、与党が外交成果を国内政治に利用する構図への警戒感を示すものとして受け止められています。
オゼル前党首は別の演説では、市場での具体的な買い物を例に挙げながら、果物を少し買うだけで 200 リラを超える金額になる現状を読み上げ、政府の経済運営を「この国をこんな状態にしたのはあなただ、エルドアン」と厳しく批判しました。
野党側にも独自の事情があります。CHP はエクレム・イマムオール(拘留中のイスタンブール広域市長で、CHP の大統領候補だった人物)の問題への対応に追われる一方、5 月には党首だったオゼル前党首の党首職を裁判所が無効と判断し、ケマル・クルチダルオール元党首が党首に復帰するという党内対立が表面化しました。この混乱の中で、有権者の関心を引く新たな政策的訴求を十分に示せていないという指摘も出ています。Hürriyet 紙は CHPについて「イマムオール問題や党内の対立に没頭し、トルコの他の課題から取り残されている」と評しました。今回の停戦合意は、こうした構図にさらに有利な材料を一枚加えたと言えるでしょう。
■市民の冷静な視線
テレビのインタビューに答えた 60 代の男性は「エルドアンが戦争を止めたかどうかは分からないが、トルコが危機の中でも確かな存在感を示している印象は悪くない」と話していました。一方で 30 代の女性は「外交の話は立派だけど、給料で生活できないことには変わりがない」と冷静な見方を示していました。
停戦という外交成果は、確かにエルドアン政権に短期的な追い風を与えています。しかし物価高という根の深い問題が解決されない限り、この支持の高まりがどこまで持続するのかは見通せません。外交の舞台で輝きを増すエルドアン大統領と、生活の苦しさを抱え続ける有権者。この二つの軸の間でトルコの政治は、これからも揺れ続けることになりそうです。
トルコ在住。トルコの大学および国営機関での勤務経験を持つ。翻訳・通訳や机上調査(リサーチ)にも従事しながら、 現地メディアの情報や生活者目線をもとにトルコの政治・社会情勢を伝えている。
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