
友人の娘さんの話を聞いたとき、少し複雑な気持ちになりました。優秀な成績を収めた彼女はトルコ国内の大学にも合格していましたが、入学せずに欧州の大学へ進学し、そのまま現地で就職しました。「トルコに戻るつもりはない」と話す彼女の言葉は、いまのトルコの若者が置かれた状況を象徴しているように思えます。
数字が示す頭脳流出の実態
Cumhuriyet紙の報道によれば、トルコ統計局(TÜİK)の統計では2023年にトルコから海外へ移住した人数は42万4,345人に達し、その中心は25歳から34歳の若い世代です。高等教育修了者の海外移住率は2015年の1.6%から2023年には2.0%へと上昇しており、数字自体は小さく見えますが、その中身は深刻です。
この「頭脳流出」はもはや大学卒業後だけの問題ではありません。Cumhuriyet紙はかつて「頭脳流出が高校から始まっている」と報じました。国会に提出された調査資料によると、大学入試で上位1%に入る難関の国立イスタンブール男子高校では、2019年時点で卒業生の52.6%が海外大学へ進学していましたが、Hürriyet紙の報道によると2024年にはその割合が89.74%に達し、155人の卒業生のうちトルコ国内に残ったのはわずか9人でした。
筆者もテレビのニュースでこの問題を伝える特集を見ました。名門高校の卒業生がほぼ全員海外の大学へ進学したというニュースでした。かつては「優秀な学生が国内のトップ大学を目指す」のが当たり前でしたが、その常識が静かに崩れつつあります。
中学生から始まる「海外シフト」
こうした動きは高校生にとどまりません。海外大学進学セミナーには、中学生の段階から情報収集を始める生徒や保護者の姿も見られるようになっています。IEFTやAkareなど複数の主要フェアがイスタンブール、アンカラ、イズミルで年に複数回開催され、30か国以上・200校近くが参加する大規模なものに成長しています。
セミナーを伝えるニュースの中では、学費の問題も取り上げられていました。ドイツやフランスなどヨーロッパの国立大学は学費が無料または極めて低廉であるうえ、奨学金制度も充実しており、トルコの私立大学に通うよりも費用の面で有利になる場合があるというのは、保護者にとっても無視できない現実です。加えて、卒業後にそのまま現地で就職し生活基盤を築けるという見通しが、海外進学をより魅力的な選択肢にしていると考えられます。単なる留学ではなく、最初から「海外で生きること」を視野に入れた進路選択が広がっているのです。
ドイツが急追するアメリカへの一極集中
国別の行き先にも変化が表れています。TÜİKが2025年10月に発表した2024年データによると、移住先の第1位は依然としてアメリカで19.6%を占めていますが、ドイツが19.4%と僅差の2位に迫っています。かつてアメリカが圧倒的な首位を占めていた時代と比べると、両国の差は急速に縮まっており、ドイツが導入した就労ビザ優遇制度が、特にSTEM分野(科学・技術・工学・数学)の人材を引き寄せていることがその背景にあります。アメリカへはおもに電気電子工学系の卒業生が、ドイツ・イギリス・オランダへはコンピュータ工学系の卒業生が多く向かっており、情報通信技術分野全体での移住率は6.7%と突出して高い水準です。
なぜ若者は出ていくのか
Medyascopeが報じた「若者の幸福度調査報告書2025」によれば、若者の72%が「就職しようとしても仕事が見つかりにくい」と感じており、52%が現在無職の状態です。2025年の調査では海外移住を望む若者の割合が2023年の43%から28%へと低下しましたが、これは状況の改善を意味しません。経済的苦境が長期化するなかで、若者が「どうせ実現できない」という諦めから移住の夢を持つこと自体をやめてしまった「適応」の結果だと研究者たちは指摘しています。
それでも4人に1人はいまも移住を真剣に考えており、実際の移住者数は減っていません。Cumhuriyet紙は「もはや問題はお金だけではない」と報じています。経済的な先行き不安に加えて、学問の自由への懸念やキャリアにおける能力主義の欠如、将来への漠然とした閉塞感が、特に高学歴の若者を押し出す力になっているといいます。
戻らない若者たち
そして海外に出た若者の多くはトルコに戻りません。ユネスコ(UNESCO)のデータでは毎年約5万人の学生が海外へ留学しており、そのうち72〜78%が帰国を望んでいないとされています。国が育て、教育に投資した人材が、そのまま海外の経済と社会に貢献していく。トルコにとって最も痛ましいのは、失われた「今」の労働力だけでなく、育まれることのなかった「未来」かもしれません。
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トルコ在住。トルコの大学および国営機関での勤務経験を持つ。翻訳・通訳や机上調査(リサーチ)にも従事しながら、 現地メディアの情報や生活者目線をもとにトルコの政治・社会情勢を伝えている。
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