野村雅道のID為替 (レポート)|FXブログ|外為どっとコム

日本の為替もかつては多くの規制、古い慣習があった

「日本の為替も以下のようにかつては多くの規制、古い慣習があった」

*実需の裏付けのある取引のみが行われていた。投機はできなかった

*当局から与えられたポジション枠は銀行によって異なっていた

*取引は日本語であり「売った」「買った」であり英語の「ユアーズ」「マイン」となったのは1980年代からだ
 「売った」「買った」では電話取引では語尾の「ーーた」しか聞こえず、売買どちらかわかりにくかった

*取引時間は前場は9時から12時、後場は1時半-3時であり、計4時間半であった
 3時に終わるので業者の方はそれ以降やることがなく接待文化が栄えたかもしれない
 ただ手数料も100万ドルで1万円と高額であったので接待費用は出たかもしれない

*取次業者を通さない銀行間直接取引も同様に9時-12時、1時半-3時であった
 1時間半の昼休みは良かった

*仲値制度があり、都市銀行7行が独占的に決定、外国銀行を含めた他の銀行は7行の決定した仲値を元に顧客相場を決定していた
  現在は自由だが、東京三菱銀行に右へならえしている銀行も多い(規制が好きなのである)

*すべて電話取引であったので、部外者がかけてきても取引可能だったかもしれない 事故の可能性はあった

*入札取引があったが、それをFAXでやっていたので、結果がわかった時は相場が大きく動いていたこともあった

*電話取引なので、例えば「売った」と「キャンセル」が同時となり 揉めることもあった

*電話取引なので、多くの銀行が同時に売った時でも、やはり強い銀行から(あるいはうるさいディーラー)から取引成立していたかもしれない

*電話取引なので「おはようーす」と聞いた業者が「ユアーズ」と思って売ってしまったことがあった(ただディラーはそのポジションを
引き受けた)

*銀行が払う手数料は高額であったが、銀行はさらに高額の手数料を顧客から徴収していた
 一流商社でも1,2銭、普通の会社で5銭から10銭、一流スーパーで35銭払っていたところもあった

*一般顧客にはドル円で言えばTTS、TTBの1円から、数銭割り引くのが通常であった。すなわち90銭程度の手数料を抜いていた
 現在のFXの手数料は隔世の観がある

FX湘南投資グループ代表
野村 雅道(のむら・まさみち)氏

1979年東京大学教養学部を卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)入行、82年ニューヨーク支店にて国際投資業務(主に中南米融資)、外貨資金業務に従事。85年プラザ合意時には本店為替資金部でチーフディーラーを務める。

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