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マット今井『トレーディングのつぼ』バックナンバー
第169回”金融政策の難しさ” (2008/01/29)
各国の金融政策は中央銀行が司っている。彼らは、インフレ抑制を基本の軸とし、景気状況や金融市場の状況を見ながら柔軟に政策金利を上げ下げすることを求められている。こうした金融政策は後手に回ってしまうと効果が薄れてしまうので、早め早めの行動が必要である一方、あまりに急激に金融政策の舵を切ると後遺症が残ってしまうというリスクも抱えている。
ここ10年間での米国の金融政策を例にとって考えてみる。
まず、第1のケースは1998年ロシアで金融危機が発生したときである。このとき、この危機の影響を受けたLTCMという米国の巨大ヘッジファンドが破綻の危機に陥り、そのファンドに資金を提供していた金融機関の経営状態も悪化した。これに対して当時のグリーンスパンFRB議長は銀行団に救済を促すとともに、9月、10月、11月と3ヶ月連続で政策金利の引下げを実施した。こうした迅速な対応の結果、危機は短期間の間に収束したがその後米国はITバブルに直面することになる。専門家の中にはITバブルの発生はロシア金融危機に対してグリーンスパン議長が金利の引き下げを行ったことにより、金余り現象(所謂過剰流動性)を作ってしまったことが原因であると指摘するものも多い。
2番目のケースは、2000-2001年に掛けてITバブルの崩壊と「9.11」同時多発テロによって米国経済が急速に減速したときである。米国の実質GDP成長率は2000年第四半期には年率で4.8%であったのが、2001年第4四半期には0.2%にまで落ち込んだ。これに対して、グリーンスパンFRB議長は1998年のとき以上に急速に政策金利を引下げていき、その結果2000年12月には6.5%あった政策金利は1年後の2001年12月には1.75%、2003年6月からは1.00%にまで低下した。
こうした急速な金融緩和が奏功して景気は急速に回復、2003年第3四半期には実質GDP成長率は3%台にまで上昇した。グリーンスパンは短期間の間に見事に景気を回復させ、徐々に「神格化」されていったのである。
景気が回復すると、彼は一転して金利の引上げを開始した。2004年6月から金利の引上げを開始、2006年6月までの約2年間の間に1% から5.25%まで実に4.25%も金利を引上げた。利上げのペースが遅れることで、インフレが加速することやバブルが発生することを防ぎたいという意図で継続的に利上げを実施していったのであろう。しかし、こうした急激な利上げの結果、住宅市場が低迷し、サブプライムローン問題の引き金を引いてしまったのである。
今やサブプライムローン問題の原因を作り出し、それを顕在化させたのもグリーンスパンであるとの批判も聞こえてくる。現実はこれほど単純ではないだろうが、ともかく金融政策の運営とは本当に難しい。
金融市場の混乱が生じているときは、金融機関の経営改善のために金利を引下げるというのは常套手段である。また、景気が減速してくることには抑制するために金融緩和をするというのも王道である。しかし、急速に金利を引下げることには副作用もある。しかし、副作用を恐れていては目の前の問題を解決できない。こうしたことは永遠のテーマであろう。
しかも今回のケースは98年の金融危機と2001年以降の米国経済の減速という2つを複合した形となっている。そのため、金融緩和を2つのケースより大胆に行っていく必要がある。金利を下げていけば、住宅市場が回復し、それによりサブプライムローン担保証券の下落も止まるという効果も期待できるかもしれない。
しかし、米国では現在インフレ率が高止まりしている。金利の低下によってドル安が進行していくと益々インフレ率は高まるリスクもある。こうした環境で急速に利下げを実行していけば、インフレの悪化を招くかもしれない。
今回、バーナンキFRB議長に与えられた課題はかなり高度な難問である。
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