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┃\/┃━━━━━ ノンフィクション作家・小松成美の『世界を見渡せば』
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━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2004年1月6日号
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■Vol.1 中田ボローニャ移籍
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新しいステップ
新連載を開始するときの高揚感は、幾度経験しても新鮮だ。
例えるなら、初めて訪れる国へ向かう飛行機に乗り込む瞬間の気持や、サッ
カーや野球のゲームが開始される直前の興奮、また、ロングインタビューを行
う刹那、全身を包み込む緊張に似ている。
こうして込み上げる数々の感情の虜になり、私は日々、世界を飛び回り取材
を続けているのである。
たった一人の取材者である私が訪れることのできる場所も、出会える人も、
巡り合える場面も、もちろん無限ではない。しかし、その限られた機会を与え
られる度に、心が震え、魂が沸き立つような感激を覚えるのだ。
私を突き動かすものは、想像力と好奇心、それしかない。だが、それが尽き
ないからこそ、新たな発見をし、人々の思いの深さに触れることができる。今
も取材を重ね、文章を書いている私は、実は、この旅人のような人生を誰より
も楽しんでいる。
日本各地をはじめ世界の街々を歩き、そこに立つ人や風景を見つめ、思い考
えたことの一端を、今日から始まるこの連載コラムに綴っていけたら、と思っ
ている。
さて、記念すべき第一回は、大晦日にSURPRISEを提供してくれた中田英寿に
ついて書くこととしよう。
日本にこれほど“サッカー熱”が蔓延し、サポーターがスタジアムに足を運
ぶようになったのは、中田がいたからだと言っても言い過ぎではない。
イタリアでジョカトーレ(サッカー選手)としてのキャリアを積み重ねてい
るその彼が、また新しいステップに足を踏み出した。
年末、連日スポーツ紙面を騒がせていた中田の移籍問題が2003年の大晦日に
急展開し、ついにパルマを離れることが明らかにされた。彼が選んだ新たなチ
ームは、ボローニャだ。
パルマからボローニャへ移籍するという第一報は、彼のホームページで、彼
自身のメールによって告げられた。
移籍についての気持ちを告白する、闊達で明るい彼の文章を読みながら、私
は、イタリアへ渡った中田の道程を思い描いていた。
1977年1月22日、山梨県で生まれた中田英寿は、韮崎高校後の199
5年、Jリーグのベルマーレ平塚でプロデビューを果たした。Jリーグでは通
算85試合に出場し、16のゴールを決めている。
そんな彼が、イタリア・セリエAに渡ったのは98年ワールドカップ・フラ
ンス大会に出場した直後。ペルージャの一員となり98−99シーズン開幕戦
で鮮烈なデビューを飾るのだ。今、思いだしても胸が好く。ジダン、デル・ピ
エーロを有する当時のユベントスを相手に、2ゴールを決めるという快挙を成
し遂げたあのゲームを、私はスタンドから見下ろしていた。
自己を証明するために
一気にペルージャの中心メンバーとなった中田が「優勝を狙えるチームで高
度なサッカーに挑みたい」という意志を貫くため、名門チームであるローマ入
りを実現させたのは、シーズン途中の2000年1月だった。翌00−01シ
ーズンには、ローマのセリエA優勝に貢献し、日本人選手で初めてスクデット
(優勝)を手中にすることになった。だが、中田の表情は複雑だった。ローマ
でプリンチペ(王子)と呼ばれるフランチェスコ・トッティと、常にトップ下
のポジションを争わなければならず、フルタイムでピッチに立てるチームを捜
し求めた彼は、再度、移籍を決意したのである。
そして、シーズン開幕直前の2001年7月、パルマへ。
だが、そのパルマでも中田の理想とするサッカーは、容易には実現できなか
った。3シーズン目を迎えても、監督のチーム構想と中田の意志が完全に合致
することはなかった。先発メンバーから外されることも多く、90分を戦い抜
くことができないのだ。
「フォワードのすぐ下でゲームメイキングをする司令塔として攻撃的なプレー
に徹したい」
そう望んでも、出場の機会は数少ない。肉体のポテンシャルも、精神的な充
実も、ピークを迎えようとしているのに、ゲームに出場できない――。
こうした彼のストレスは、時間の経過とともに徐々に膨張していくのである。
この苦境を乗り越えるため、彼はボローニャという新天地に身を投じること
を選んだ。
(中田が移籍を望んだ直接的な要因ではないが、転機となる“事件”もあっ
た。実は、パルマは現在、クラブ存亡の危機にあるのだ。クラブのオーナーで
あり、親会社であるパルマラットの創業者でもあるタンツィ前会長が、約5億
ユーロ(約六百七十億円)を家族が経営する旅行会社などに流用して、逮捕さ
れてしまったのだ。パルマラットの欠損金は、約百億ユーロ(約一兆三千四百
億円)に達し、クラブの運営にも暗雲が垂れ込めている。)
こうした中田の移籍の記録を見ても、あまりサッカーに興味のない人なら、
「一選手の単なるプロフィールでしょ」としか思わないかもしれない。
しかし、欧州のサッカーシーンを取材して10年余りの私は、有能な選手が
しのぎを削る移籍交渉が、どれほど困難なことなのかを知っている。
サッカーは、1チーム11人しかピッチに立てない。まして、中田が目指すト
ップ下(攻撃的MF)のポジションは、一つか二つしかない。
新しいチームに移るためには、巨額な移籍料を支払うに値するサッカーの実力
はもとより、正確な情報、信頼できる人脈、交渉を乗り切る忍耐力、そして最
後に、チームの戦力や人材、経済状態までも相まった「時の運」までをも必要
になる。
中田を動かす“信頼”
今や、サッカーの市場は、EUの経済を動かすほどの力を持っている。ベッカ
ムが元所属していたマンチェスターユナイテッドや、今所属しているレアル・
マドリッドがもたらす経済効果を見れば、それがもはやスポーツ事業の域を超
えて巨大な産業と化していることが分かるだろう。
中田が、常に欧州で注目されるのは、キャラクターやプレーが魅力的である
ことのほかに、この巨大マーケットで、複雑かつ巨額な移籍金が絡む“ディー
ル”を幾度も成立させているからだ。
今回もまた、彼はFIFAの代理人やマネージメントスタッフとともにがっしり
と腕を組み、大いなる移籍を迅速に実現させた。
しかし、これで新チームでの戦いの準備が整ったわけではない。シーズン途
中の移籍は、新しいチームへの合流や気持ちの切り替えを考えても生易しいも
のではないのだ。
しかし、中田には「ボローニャなら大丈夫」という確信がある。指揮官が旧
知のマッツォーネ監督だったからである。
ボローニャは今季、下位に低迷しており、セリエBへ降格するのを免れるた
めには、シーズン終了までに即戦力を補強する必要があった。そこでマッツォ
ーネは、ペルージャでともに戦った中田に熱烈なラブコールを送り、中田もそ
れに応えたのだ。
「ボローニャを選んだ理由は、マッツォーネ監督がいたからです。ペルージ
ャでも一緒にやっていて、人格的に素晴らしい監督だと言うことを知っている
。監督と電話で話して、すぐに移籍の決意を固めることができた」
移籍発表の会見でこう話した中田は、新チームで戦うことの興奮を隠さない。
「自分の信念を持ってやりたいと思うプレー、やりたいと思うポジションでゲ
ームを戦うことが最も意義のあることだと思う」
中田は、マッツォーネ監督が彼を必要とし、ジョカトーレとしても一人の人
間としても理解し、信頼してくれていることに心を動かされたのだという。
この新年を、日本から移籍交渉と契約締結のために日本から来ていたスタッ
フとともにおせち料理で祝ったという中田。新たなる戦いを前に、ほんの一瞬
ではあるが信頼のおけるスタッフに囲まれ、思う存分笑顔を浮かべたという。
それにしても、改めて、サッカーでも、移籍交渉でも、世界最高峰の領域で
戦いを続けている中田を見ていると、同じ日本人として誇り高い気持ちになる。
中田は、クリスマス休暇にブラジルへ行き、こんがりと日に焼けたそうだ。
誰かのためでもなく、自分のためにピッチを走りゴールを目指したいと言い続
けてきた彼が、赤と青のストライプのユニフォームを着て戦う姿を、私はまた
、追い続けたいと思っている。【次号に続く】
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