| Vol8.『ボブ・ウッドワード』 | 2004年4月23日更新 |
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攻撃の計画
日本がイラクで拘束された5人の報道が過熱する先週末、アメリカ人の友人からこんなメールが届いた。
「日本人の人質、助かって良かったね。でも、この戦争『今が最低』じゃないよ。もっと深刻な事態になるはずだ。だからこそ、政府は必死で同盟国の絆を協調している。でもさ、ブッシュの強気にも陰りが差すかもね。大統領選、本当にどうなるか……。だって、こっちではさ、ぶっ飛び情報満載の本が発売されることになって、大騒ぎになってるよ」
私もその本の噂は聞いていた。
『Plan of Attack(攻撃の計画)』というタイトルの新刊には、衝撃の事実が綴られている。2001年9月11日の同時多発テロの2カ月後の2001年の11月、アメリカ軍がアルカイダと手を結んでいるタリバン政権を倒すためにアフガニスタンに総攻撃をかけている最中、フセイン打倒の計画を立てられたというものだ。
つまり、その本によれば、ブッシュ大統領は大量破壊兵器の査察の結果なんてどうでもよくて、とにかく"フセイン憎し"の戦争を起そうとしたというのだ。湾岸戦争を指揮した「父ブッシュの仇」であるフセインへは、911と関係なく、攻撃のターゲットだったというわけだ。
知られざる真相
綴られている内容はセンセーショナルそのもの。同書は膨大なインタビュー取材によって集められた証言により構成されているのだが、その詳細がまたまた衝撃的だ。一部抜粋がワシントン・ポスト紙に掲載されたのだが、その内容を紹介すると――、
ブッシュ大統領は同時多発テロのおよそ2ヶ月後2001年11月21日に、ラムズフェルド国防長官を呼び出した。そして、イラクへの攻撃計画立案を「始めることにする」と指示したのだ。彼は、テロの"主犯"であるアルカイダより、フセインの方が憎かったらしい。チェイニー副大統領は、ブッシュよりさらにフセインを倒す戦争に意気込んでいたので、相談すら持ち掛ける必要がなかった。
さらにブッシュはフランクス米中央軍司令官には、「必要に応じてサダム・フセインを倒し、アメリカを守る方法を検討するように」と命じたのだという。
しかし、ライス大統領補佐官(国家安全保障問題担当)やテネット中央情報局CIA長官には、決定の詳細が明らかにされなかった。
2002年7月、ブッシュはアフガニスタンで行っている戦争のための補正予算のうち、7億ドルを秘密裏にイラク戦争の計画作成に費やすことを認めていた。
2002年も終わろうとしているとき、ブッシュテネット長官にイラクでの大量破壊兵器の存在について尋ねるのだが、テネットは「大丈夫。スラムダンクですよ(確実にみつかりますよ)」と答えたという。
2003年1月始め、ブッシュは最終段階としてライス大統領補佐官にイラクへの攻撃を相談。そこで、でイラク開戦の最終決断を下したのである。その後、ライス大統領補佐官が「パウエル長官にも知らせたほうがいい」とブッシュに助言、大統領は2日後にパウエルを呼び、決断を伝えた。するとパウエルは、イラク戦争が困難なものになることを指摘した。「イラク国民2500万人分の希望と悩みが全て、あなたのものになるわけですよ、大統領」と、異議を述べた。しかし、ブッシュの決意が変わる事はなかった。その後、戦争反対のパウエル国務と何がなんでも推進派のチェイニー副大統領とは対立し、無視し合っていたのだという。
大衆の多くが大量破壊兵器の査察の結果をはらはらして待っているそのとき、実はイラクへの攻撃はすでに既成事実になっていたという、このスクープを書いたのは、あのボブ・ウッドワードである。
彼の本を読んだことのある読者は多いだろう。私も何冊かは(もちろん日本語に翻訳されたもので)手に取った。最近ではアフガニスタンからイラク戦争に向かうブッシュ大統領を描いた『ブッシュの戦争』もそうだ。(『Plan of Attack(攻撃の計画)』は、『ブッシュの戦争』の内幕話と言える。)
調査報道
アメリカ随一のジャーナリストであり、ワシントン・ポスト紙編集局次長である彼はイェール大学を卒業後海軍将校となり、やがてワシントン・ポストの記者になった経歴を持つ。今から32年前、同僚の記者カール・バーンスタインと「ウォーターゲート事件」をスクープし、時の大統領、ニクソンを退陣に追い込んだことで知れられている。
ボブ、ウッドワードは徹底的な取材に基づき、小さなパズルのピースを地道に繋ぎ合わせ、事実を浮かび上がらせるスタイルを確立した記者だ。この手法は「調査報道」と呼ばれ、ウォーターゲート事件以降、報道の主流スタイルとなった。
私はジャーナリストではないが、取材者としてはこの「調査報道」の手法が好きだ。『ビートルズが愛した女 アストリット・Kの存在』や『中田英寿 鼓動』という本を書いた時には、何人にもインタビューをし、それを重ねて本を書いた。一人一人の証言者の言葉は、とても部分的で個人的なものなのだが、それを整理し繋いで行くと、最後にはまったく予想もしなかった結末が見えてくることがある。
まさにボブ・ウッドワードは、オーケストラの指揮者のように様々になり響く楽器の音を集約し、ある壮大な交響曲を送り出したと言える。
その作業を遂行するには、多くの人脈、信頼関係、忍耐力、分析力、知性、さらには途轍もない勇気や命知らずの無謀さも必要になる。もしこのコラムやウッドワードの本を読んで「調査報道」に興味を持ったなら、ぜひ『大統領の陰謀』と言う映画を見ることをお勧めする。
ジャーナリズム
若い社会部の記者、カール・バーンスタインをダスティン・ホフマンが、ボッブ・ウッドワードをロバート・レッドフォードが演じたこの作品は、1972年6月に、ワシントンのポトマック河畔にあるウオーターゲイトホテルの一室(民主党の選挙本部)に盗聴器を仕掛け、機密文書を盗もうとした犯人が逮捕されたウォーターゲート事件の打ち幕と二人の記者の活躍を描いている。
ストーリーは今観てもスリリングだ。何より、若いダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードがかっこいい。携帯電話もパソコンもない時代の記者の姿も、かえって新鮮だ。
さて、映画のストーリーは驚きの展開を見せる。盗聴器を仕掛けた5人組の犯人は、実は共和党再選委員会の警備担当者だった。その事を政府の内通者から聞いていたワシントン・ポストのカール・バーンスタインとボッブ・ウッドワードが調査に乗り出す。首謀者はニクソン大統領なのか? 直接関与は証明されなかったものの、隠蔽工作の指示をした録音テープが証拠となり、ニクソン大統領は弾劾手続き中、辞任に追い込まれてしまうのだった。
そう言えば、私はまた小学生だったが、この時期のニクソン報道の加熱ぶりは、はっきりと覚えている。
ウォーターゲート事件報道以来、ジャーナリズムが大統領を失脚させたり、政権を崩壊させたりできることが証明され、「たとえ自国の大統領でも、不正や謀略は見逃さず、白日の元に晒すのだ」という使命感と気概が、ジャーナリストの資質に数えられるようになったのだという。(もちろん、報道には落とし穴がある。もしひとつでもパズルのピースが足りなければ、絵は完成しないのだから。読者は「疑い」の目も、忘れてはいけないのかもしれない。)
それにしても、61歳にして現役バリバリのボブ・ウッドワードの信念は物凄い。その仕事ももちろんだが、私は彼という人間に興味がある。ちょっとヒーローを見ているような気分で気後れするのだが、ジャーナリストでは、アメリカのウッドワードと、イギリスBBCのジョン・シンプソンに、いつか会って話を聞いてみたいと願っている。
さて。日本のジャーナリストにも衝撃の「調査報道」を期待しているのは、私だけではないだろう。『小泉の自衛隊』とか『赤坂プリンス事件』とか題された本を、読んでみたいものである。
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