月曜コラム「週刊 独り言」 外為どっとコムFXブログ

2011年12月アーカイブ

What if ?

NHK.で、“坂の上の雲”を見た。

残念ながら、総てのシリーズを見る事が出来なかったが、陸軍が奉天を陥落させた分と、海軍がバルチック艦隊を撃滅した日本海海戦の最終回を見た。

奉天での会戦では兵力では劣っていたものの、ロシア軍を両翼から攻める作戦でクロパトキン率いるロシア軍は撤退し、日本海での海戦ではまさかの敵前大回頭をやってのけて、バルチック艦隊を殲滅した。

地上戦では、もしロシア軍が撤退しなかったら、日本軍は負けていただろうと言われる。
海戦では、もしバルチック艦隊が日本軍が待ち受ける対馬海峡を通らなければ、勝利は無かっただろうと言われる。

勝負(戦争もそうであろう。)には、運・不運が有るのは当然であるが、もしこの日露戦争に負けていたら、我が国はどうなっていたのだろうか?

それよりもずっと以前の、13世紀の元寇もそうである。

モンゴル帝国と属国の高麗王国により2度に渡って我が国は襲撃を受けたが、神風と呼ばれる台風が、モンゴル軍の多くの艦船を沈め、彼らも我が国から撤退した。

もし、元寇でモンゴル軍が勝利していたら、我が国はどうなっていたのだろうか?

よく、“たら・れば”と言う言葉が使われるが、
-クロパトキンが撤退を決断しなければ。
-バルチック艦隊が対馬海峡を通らなかったら。
-元寇に於いて、神風が吹かなかったら。

英語で、“What if ?”=(もし、….でなかりせば。)と言うのと同じかな?

What if Russian Troop did not withdraw ?=(もし、ロシア軍が撤退しなかったら?)

FX.でも似た様なことが有りますな?

-相場が下がった後。(あああ、あそこで売っていれば。)
-相場が上がった後。(あああ、あそこで買っていたら。)
-下がると思ってショートにしたのに、80ポイント下で利喰ってしまい、更に200ポイント下がった時。(あああ、あそこでちょろりと利喰わなければ。)
-300ポイントは上がるだろうと思ってロングにし、250ポイント上がったところで急に反落して、やっとチャラで逃げた時。(あああ、あそこでしっかり利喰っていたら。)

どうぞ、ご心配無く。
この様な、たら・ればなら悩むことは無い。
次回に、もっと上手くやればいいのだ。

やっていけないのは、折角ストップを置いていたのに、“ストップが付いた途端に相場が反転したら、嫌だな。”と思って、ストップのレベルを変えてしまうこと。
大体の場合、損失を大きくしてしまう。
やっていけないのは、折角ストップを置いていたのに、“ここら辺が相場の転換点であれば、損を取り返すことが出来るぞ。”と勝手に判断して、ストップをキャンセルしてしまうこと。
大体の場合、損失を大きくしてしまう。

何人かの方々は、“あ、そうだ。”と思われることであろう。

大丈夫ですよ。 悩む必要は有りません。

上がったか、下がったかは結果論。
次回、閃いた時にストップをきっちり入れて、ポジションを取れば宜しい。

取ったポジションが、In the money.=(利喰いが出来るレベルまで来る。)にならない限り、絶対にストップのレベルを変えたり、キャンセルをしてはいけない。
何時も言う様に、ストップで払う損失は保険料の様な物。
いざと言う時の為に、保険料は払わなくてはならない。

 

2011年も、後1週間足らず。

関東地方は雲一つ無い晴天であるが、寒いですね。

皆さん、風邪などを引かれません様に!


 どうやら、A坊から風邪を貰って鼻声の塾長。

A hard day's night.

塾長が若かりし頃大好きであったビートルズの最初の主演映画のタイトルが、“A hard day’s night.”であった。
和訳すれば、“しんどかった日の夜。”とでも言おうか。

“I have been working like a dog.”=(犬の様に働いた。)
“I should be sleeping like a log.”=(ぐっすり、眠りたいよ。)
と歌が続く。


今年は、ヘッジ・ファンドが大苦戦したらしい。
ヘッジ・ファンドの多くが決算月としている11月末時点で、今年の平均パフォーマンスは、リーマン・ショックに見舞われた2008年以来のマイナスとなり、投資家の解約が相次いでいると言う。

今年は欧州危機に翻弄されて、金融市場が大荒れとなり、過去には飛ぶ鳥を落とす勢いであった著名なファンド・マネージャーが率いるヘッジ・ファンドも大やられしたらしい。

12月は、ヘッジ・ファンドにとって、“A hard year’s last month.”=(しんどかった年の、最後の月。)になりそうである。

ファンドによって運用成績は大きく違うが、実は彼らの運用成績は目の玉が飛び出る様なものではない。
平均して、年率で15~20%のプラスになれば、上出来である。
資金を提供した顧客も大喜びの筈である。

これが、ある年はプラス20%、翌年はマイナス30%、その翌年はプラス5%と言う様な運用成績は歓迎されないし、危うい。
要するに、Consistency.=(継続性)が大変重要なのである。

これは、我々がFX.で余裕資金を運用する時にも考えなくてはいけないことである。

セミナーを開催する時に、必ず皆さんにお聞きすることが有る。

“現在、余裕資金が100万円有ります。FX.で上手に運用して、1年後にどれくらいのリターン=(利益)を上げる事を目標にしますか?”である。

皆さん、シャイな方々多くて誰も手を上げないので、当てるしかない。
“100万円を300万円にしたいですか?”
“はい、いえ、もっと多く儲けたい。”
“出来るだけ多い方がいいけれど、無理をしたくないので、200万円くらいでいいです。”
“難しいと思っているので、150万円くらいで我慢します。”
“120万円くらいになれば、御の字だと思います。”

人それぞれの目的が有るのは当然である。

昨今、FX.投資での自分の成功例を書いた本や、指南本が出回っていて、あたかもFX.投資は簡単である、との誤解が有るが、そんなことはない!

塾長の知り合いにも、個人投資家として成功をしている人達が何人も居るが、彼らの成功は異例なものだと思っている。
彼らは例外無く確固とした自分の投資スタンスと、厳しい資金管理を行っている。
そして、Hard worker.=(働き者)である。
そうでないと成功はしない、いや、出来ない。

上で質問した方で、150万円くらいで我慢すると答えた方に、“150万円と言うとプラス50万円ですが、年率に直すとプラス50%なんですよね。”と言うと、えっと言う顔をされる。
300万円となると、プラス200%である。

プロのヘッジ・ファンドが上手くやってプラス15~20%。
今年は、マイナス。

我が国の多くの生保の予定利率は、恐らく1%前後であろうか?
プロのファンド・マネージャーが、国内株式、債券、不動産、そして為替のリスクを取る外貨建て債権などの、ありとあらゆる金融商品で運用して、1%のプラスで良しとしているのである。

そこで、我々一般投資家が単一の商品であるFX.で、買うか売るかを決めて200%、100%、いや50%でさえ、Consistently.=(継続的)に利益を上げ続けるのは、簡単ではないのである。


今年もあと2週間。

2011年が上手く行った人。=来年もこの調子で頑張りましょう。

2011年が大変だった人。=来年は頑張りましょう。
一度、発想の転換を行って、先ずは年率12%を目標にしませんか?
年率12%は、月率1%。
何と、100万円の元手で、ひと月1万円の利益を上げればいいんですよね。
難しいのは、これを毎月続けて行く事。

ひと月1万円=1%を目標してやっていると、1年終わってみると、20%も30%もプラスになっている可能性が大だと申し上げたい。


セミナーでしょっちゅう言ったり、過去にも同じ様な事を言ったと思うが、プロであるヘッジ・ファンドの連中でさえ、大苦労をしているのを見て、敢えて余計な事を申しました。

我々は、プロではなく(プロの様なパフォーマンスを上げている方が居る事は承知しています。)、一般投資家であることを忘れないで、FX.を上手く使って、余裕の自己資金を安全に、そして効率よく運用して行きましょう。

  毎日が休みの様なものなので、クリスマスだろうがお正月だろうが、余り感慨の湧かない塾長。
 

何時までも若いと思うな。

先週は、日本フォレックス・クラブのパーティーで、現役のディーラー諸君や日本銀行、財務省のお偉いさんたちと会う機会が有り、有意義な情報交換が出来た。

FX.に携わる者として、色々な人々と会って、情報交換をすることは大変大事である。

塾長が必ず参加するある集いが有る。
1985年のプラザ合意の時に、日銀や日本の銀行の為替課長をやっていた元ディーラーが隔月に集まる会で、来年は150回目を迎える。
どう言う訳か、外資系の銀行出身者は塾長だけである。

現役の頃は、“この前は、アンタに随分こっぴどくやられた。今度はやっつけてやるからな。”などの減らず口を叩き、相場の話をしたものだが、最近は為替の話は出ない。

皆さん偉くなってしまって、銀行の副頭取や役員を経験した後、今は会社の社長や先生になったりしていて、直接為替に携わっている人は居なくて、まあぼちぼち今でも為替をやっているのは塾長くらいである。

殆どが同じ年齢なので、最近は為替の話ではなく、“年金がどうだ。”、“身体の何処此処が痛い。”、“こう言う薬を飲んでいる。”などの寂しい話ばかりである。
塾長達の様な年寄りになると、まあ仕方の無いことか。

やはり多くの仲間が、高血圧に悩まされており、降圧剤と称する血圧を下げる薬を飲んでいる。
塾長は痩せてはいるが、血圧が高い。
これは、母方からの遺伝である可能性が高い。
毎年の人間ドックでの検査で、何時も高血圧を指摘され、塩分を取り過ぎるな、水を沢山飲めと言われるが、酒飲みは味が濃いことを好むし、水は味が無くて美味しくないので、余り飲まない。
“いやあ血圧が高いのは、さっきまで車を運転していたので、ドキドキしているのでしょう。”とか、“看護婦さんに会って、ドキドキしているのでしょう。”などと馬鹿な事を言って、“もう一度、測り直して下さいな。”と頼むが、勿論数値がそんなに変わる筈も無い。

昨年も、“掛かり付けのお医者さんに頼んで、降圧剤を処方して貰って下さい。”と言われ、直ぐに病院に行って降圧剤を処方してくれる様に頼んだのだが、このお医者さん“これくらいだったら、降圧剤を飲む必要は無いでしょう。一度飲み出すと、ずっと飲み続けなければなりませんよ。”と言われた。
この先生、長い間アメリカに居たらしく、アメリカでは降圧剤は勧めないのだそうだ。
“そうですか、じゃあ止めときます。”と引き下がって1年が経ち、今年の人間ドックの検査で再び降圧剤を飲む様に言われた。
“えーっと、昨年も指摘されて掛かり付けのお医者さんに相談したら、飲まなくてもいいと言われたのですが。アメリカでは飲まないらしいですね。”と余計な事を言ったら、“そんなことはありませんよ。 酒匂さんのレベルでは飲んだ方がいいと思いますよ。”と言われて、先週インフルエンザの予防注射を受ける際に再び降圧剤の処方をお願いした。
その先生、“そうですか、飲まなくてもいいと思いますがね。”と言いながら、ついに処方箋を書いてくれた。

降圧剤を飲み出して、まだ三日しか経たないが劇的に血圧が下がった。
昨日の朝血圧を測ったら、高い方がなんと二桁にまで落ちている。
“ひゃあ、すげーな!”と感激したが、眠くて眠くて仕方ない。
低血圧の人は、朝起きるのが辛いと聞いたことがあるが、“ははあ、これか!”と思った。

“急激に血圧が下がると、ボーッとすることがありますから、車などは運転しないで下さい。”と言われたが、これには驚いた。

血圧が高い事は困ったことであるが、ボーッとするのも困る。

歳を取ると、色々な問題が起きて来るもの。
自分では、何時までも若い積りでも身体は正直だ。

 

   眠いし、寒いしで、とうとう昨日は一歩も外に出なかった塾長。

他愛ないもの。

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昨日の日曜日は雨上がりで、雲一つ無い快晴に恵まれ、絶好のお出かけ日和となった。

 

勿論、お出掛けした。

毎年この時期になると、富士スピードウェイでニッサンのレーシングカーを造っているニスモが、NISMO Festival.なるファン感謝祭を開催する。
http://www.nismo.co.jp/event/festa2011/pc

この日には、数万人のモーターファンが富士スピードウェイに集まるが、ニスモが造った街乗り用のComplete Car.の所有者を招待してくれ、NISMO 380 RSを所有している塾長も毎年参加している。

今年は、3歳になる孫のA坊も一緒に参加した。

男の子は好きな物で、車派と電車派に分かれるらしいが、A坊は塾長の血を引いて、車派になったらしく、殆どの車の名前を外車、国産車の隔て無く言い当てることが出来る。

恐らく赤ん坊の脳は真っ白で何も無くて、見る物、聞く物の総てが砂に水が吸い込まれる様に吸収されるのであろう。
何かを一つ覚える為には、三つは忘れないと脳の容量を超えてしまう塾長には羨ましい限りである。

A坊は、何カ月も前からこのNISMO Festival.に参加する事を楽しみにしており、(こう言う事は言ってはいけないのだろうが…..。)、“お利口さんにしていなくては行けないよ。”と言うと、“僕、お利口さんにする。”と健気に答えていた。

6歳以下の子供はチャイルド・シートに乗せなくてはならないので、380RS.では行けない。

塾長、A坊、そしてA坊の父親と3人で行くことになり、ニッサンの商売敵のスバルのインプレッサ・STI.で行くことにしたが、Complete Car.専用の駐車場には入れない。
事情を説明すると、隣の駐車場に置かせてくれた。

NISMO.が我々の為にスターティング・グリッドの真前の部屋を用意してくれていて、其処でソフト・ドリンクを飲みながら、レースを観戦出来る。
まあ特等席であるが、室内であるが為に、多少迫力に欠けるので外に出て普通の観客席から見ることにして、移動した。

陳列してあるGT500 やGT300に参戦しているレーシングカーを見た後に観客席からデモンストレーションを見ていたら、最初は“あ、GTR‐レーシングカーが来た!”と大興奮であったA坊が、だんだん大人しくなってきた。

10分もすると、目を覆って“大好きな”レーシングカーを見ようとしない。
陽が強かったので眩しいのかなと思っていたら、突然“家に帰る!”と泣き出した。

“怖い、怖いよー!”、とおお泣きである。

レーシングカーの音に度肝を抜かれたらしい。

“見るだけだから、大丈夫だよ。”と宥めてももう駄目。

“あれ、レーシングカー好きじゃあないのか?”
“レーシングカー、きだい。=(嫌い)!”
“えーっ、ジージのZ好きなんだろ?”
“ジージのジェット、きだい!”
“えーっ、じゃあ何の車が好きなんだ?”
“ごみ収集車。”

ごみ収集車は、ごみを集めてくれるから好きなんだそうな。


その後、ミニチュアカーなどを買って、帰途に着いたが、大井・松田の手前で大渋滞となり、全く前に進まない。

大井・松田~厚木間で事故が有り、東名高速が不通となった。


大井・松田インターの手前で、“ここで出よ。”と指示されて出るには出たが、勿論下も大渋滞。

行きは1時間半しか掛からなかったのに、帰りは4時間半も掛かってしまった。

救いだったのは、A坊は全くぐずることも無く、大人しく後部座席のチャイルド・シートに座って、歌を歌ったりしてご機嫌であった。

“また、サーキットに行こうね。”
“サーキット、いっかなーい。”
“また、レーシングカー見に行こうね。”
“レーシングカー、きだい。”
を何回言いっこしただろう。

家に帰って、ぺロが“どうだった?”と訊いたら、“楽しかった。”と言う。

“あれ、レーシングカー嫌いだろ?”
“レーシングカー、しゅき=(好き)。”
“もう、サーキットには行かないんだろ?”
“サーキット、行く。”

子供は、他愛無いものである。

果たして、来年は付いて来るのであろうか?
 

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