金銭感覚。
- 2010年2月15日(月)10:15
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先日、日々のブログで“100円ショップ”の話をしたら、結構盛り上がった。
別に偏見を持っていたわけではないが、今時、100円ポッチでちゃんとした物(ライトを買ったのだが、何とテスト用が切れた場合に必要な電池が、3個で600円くらいして、何だか訳が分からなくなったのだ。)が買えるとは思わなかった。
中々、優れ物のライトである。
100円が高いか、安いか?
100円で優れ物が買えるのであれば、それは安いが、役に立たない物であれば、高いと言うか、無駄である。
昔は、“安かろう、悪かろう。”という言葉の様に、“まあ、安いのだから、多少品質が悪くても仕方ない。”という考えがあったが、少なくとも、先日買った“100円・ライト”は問題無い。 悪くは無い。
こんなことを考えている時に、ふと自分の金銭感覚のことにも思い付いた。
塾長はけちではないが、自分にとって興味の無い物にはお金を使いたくない。
逆に、自分に興味のある物には、余り後先のことを考えないで、ぱっと買ってしまう。
前者は、お洒落に関する物で、例えば着る物(スーツ、ジャケット、セーターetc.)とか履く物(靴)、であるが、時計もそうだな。
着る物は清潔であればいいと思うし、気に入った物はずっと同じ物を身に付けるので、ウチのヤツから文句を言われる。
“アタシが恥ずかしい思いをするのだから、ちゃんとした物を着てよ。 きちっとした靴を履いてよ。 時計だって、年相応の物を買ったらいいでしょうに。”と、まあ煩い。
“そうかな?”と思って、新しい物を買うことがあるが、“惜しくて”折角買った品物に手を出せない。
そもそも、何万円もするセーターや、靴なんか恐ろしくて買えないのだが、まあ仕方ない。
ところが、買ったはいいが、使わないのである。
2年前に買った2着のサマー・ジャケットは、未だ一度も袖を通したことが無い。
そして、ちょっとくたびれた、お気に入りのジャケットを今でも身に付ける。
靴も、数年前に買った二足のカジュアル・シュールは一度も履いていないし、昨年ワイン仲間の靴屋さんで誂えた二足の靴も、一度も履いていない。
何だか、新品を履くのが惜しいのである。
後者の、“ぱっと買ってしまう。”筆頭は、ワインと車である。
こっちは全然怖くない。
ワインは、まだ一杯あるのに、3本無くなったら12本買い足すので、どんどん在庫が増えていく。
車は、ちょっと速い車が出ると、直ぐに欲しくなってしまう。
勿論、安い買い物ではないが、なーに、借金をしてまで買う気はさらさら無い。
買いたい車があれば、買える範囲であれば買うが、そうでなければ買わない。
今は、別に買いたい車は無い。
380RSだって、最近は殆どガレージで眠っている。
インプレッサ・STIで充分。
男性はそうでもないと思うが、女性がブランド物を欲しがる気持ちも似ている様なものではないのかなあ?
“何で、あんなに高価な物を!”とたまげるようなお金を払って、ブランド物を買っていません?
まあ、他人のことはどうでもいいか?
このおかしな“金銭感覚”を持っていて気を付けなければいけないのは、“宵越しの金は持たねー!”とか粋がって、“有ると、全部使っちゃう。”ことである。
塾長の自慢は、“金も無いが、借金も無い。”であるが、この歳になると、まあ余り自慢出来ることでもない。
少し落ち着いて(浪費をせずに、大人しくする?)、ゆっくりしたらどうですか、というヤツがいるが、まだいいよ。
夕方、5時頃にウチを出て、東京での情報収集に勤しむのが、やっぱり塾長には合っている気がする。
だって、塾長が一日中ウチに居て、盆栽いじりでも始めたら、世の中終わりでしょうに。
さてさて、相場は相変わらず難しいですなあ。
先日も触れたが、ここ最近の円高の要因である、欧州の問題、そして中国の金融引き締め観測、そしてよく分からないボルカー・ルールの問題がはっきりしない間は、まだ円安には戻らないのかなと感じる。
普段よりは、より弾力的に動いて、損切りでも、また利喰いでも、フット・ワークを軽くしてこの難局(FXに、易しい局面なんて、絶対に無い!)を乗り切りたい。
今週は、100円ショップに行くことと、新しいスゥイングをチェックする為にゴルフの練習場に行くことを楽しみにしている塾長。














