月曜コラム「週刊 独り言」 外為どっとコムFXブログ

懐かしい所からのお便り。

 

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先日、珍しい所からお便りを頂いた。

差出人は、“西条小学校創立50周年記念事業実行委員会”とあり、宛先が東新橋の外為さん気付で塾長宛となっていた。

わー西条か、懐かしいなあ!

塾長は、総和22年8月8日に当時の広島県賀茂郡西条町、現在の広島県東広島市西条で生まれた。

加茂鶴、加茂泉、福美人、亀齢、白牡丹などの、江戸時代からの造り酒屋が軒を並べる有名な酒どころである。

西条町は盆地で夏は暑く、冬は寒かった。
日本酒造りに大変適している、いい水が湧き出ると聞いたことがある。

塾長は、この西条町の中心から少し外れた“スケザネ”(漢字が思い出せない。助実かな?)というところで、生まれ育ち、吉土実(よしとみ)小学校に3年間通い、小学4,5,6年生の時は西条小学校に通った。

そして、昭和34年(1959年)に卒業したのだが、丁度この年にこの西条小学校は吉土実小学校を含めた、周りの幾つかの小学校を統合して、新西条小学校が誕生した。
確かに今年は創立50周年ではないか!

塾長は卒業後、広島市内にあった修道中学に3年間、修道高校に1年間西条町(今の東広島市)から、片道1時間半の汽車通学をした。 (汽車ですぞ、汽車!)
西条小学校から二人修道中学に入学したが、級友の殆どは地元の公立の中学に入り、交友関係は殆ど途絶えた。

そして父親の転勤で神奈川県の平塚市に高2の時に移ったが、親戚があるわけでもなく、西条とはその後全く何の繋がりも無かった。

今でも、修道時代、高校時代、そして大学時代の仲間とは時々会って旧交を温めているが、小学校時代の音信は全く無かったので、凄く懐かしく嬉しかった。

外為さん気付で手紙が来たということは、間違いなく昨年広島で開催された外為さん主催のセミナーに参加された方の中に、友人(50数年前!)がいらしたのであろう。

感無量である。


懐かしついでに、塾長の気質の形成に多大な影響を与えたであろう、今までの過ごしてきた過去を振り返ってみよう。

またもしかしたら、“あっ、俺あいつのことを知っている!”なんて人が現れたら、嬉しいなあ。


そういう訳で、生まれてから16歳までは広島で過ごし、広島弁はお手の物である。

17~18歳の間は、平塚で過ごし、神奈川県立大磯高校に通った。
当時、神奈川県には“アチーブメント・テスト”なるものがあり、私学出身だと公立高校には入れなかったのだが、当時の大磯高校の校長先生(広島のご出身で、たまたま修道高校のことをご存知であった。)のお情けで転入させて頂いた。
修道は男子校で、ひょんなことから男女共学の高校に転入して、“もの凄く”嬉しかったことを覚えている。
で、勿論湘南弁の“….じゃんか。”も、お手の物である。

大学は北海道に行った。
動機は、余り大したものではなかった。
“何処の大学を受験しようかな?”と考えていた時に、当時のNHKの“新日本紀行”で北海道の自然の素晴らしさを紹介しており、“わあ、北海道って綺麗だなあ。 よし、俺は北大に行こう。”と決めた。
母親に言ったら、猛反対された。 父親は無言であった。
当時兄が、広島大学に在学中で、兄は広島、弟は北海道では、そりゃあ“これは大変なことになる。”と思ったのであろう。

塾長は一旦こうと決めたら、もう後には引かない。

で、勿論北海道弁も完璧に理解出来る。

皆さん、北海道って標準語を話すと思っていません?
違うんです。
アクセントが違うんです。
これは、文章で表現するのは結構難しいが、例えば、
-人の名前の佐藤。我々のアクセントはサからウに掛けて下に下がるが、北海道は砂糖と同じ発音、そうトを強調する。
-それと人懐こい語尾が多い。
何とか、ッショーッ。
ナーンモダー。

さて大学を卒業して、所帯を持つまでは両親と平塚で過ごし、その後はずっと横浜に住んでいる。
だから、勿論横浜言葉も完璧。 でも、横浜言葉は余り特徴は無いですね。

塾長の本籍は、鹿児島である。
勿論、両親共に鹿児島出身で、以前も申し上げたが昨年大流行(おおはやり)した“篤姫”様は、我々のご先祖様がお仕えした“お姫様”である。(勿論、直接ではありませんぞ!)
塾長自身は鹿児島に住んだことは無いが、言葉や気質は両親から大きな影響を受けた。
 “薩摩気質”は半端じゃあありませんよ。
今頃こんなことを書いたら、女性軍から猛反発を喰らおうが、これは全く事実の話。
我が家で実際起きていた話。
-男子は台所に入ってはいけない。
用事があれば、母に頼む。
(だから、塾長は料理はおろか、お茶も沸かせないのです、悪しからず。)
-母は、お風呂は必ず一番最後。
-母は、父が帰宅して食事を始める前は、決して食べ物を口にしない。

躾は厳しかったですね。

で、鹿児島弁も自分では話せないけれど、ある程度は分かる。

塾長の人生を振り返ってみると、
-広島で生まれ、物心が付くまで育ち、
-多感な頃は湘南で過ごし、
-自由奔放な学生時代は札幌で過ごし、
-人生の半分以上は横浜で過ごしている。
そして、気質のバック・ボーン(思想・信条などの背景にあり、それを成り立たせている考え方。精神的支柱。 大辞泉。)は、鹿児島、ということになるのでしょうな。

両親が亡くなり、現在は鹿児島には親戚しかいない。
自分の本籍を何処に置くかは、子供たち自身が決めることであろうが、出来たら鹿児島に残しておいてくれたら嬉しいな。
だって、自分のルーツ(祖先。始祖。「―をたどる」 大辞泉。)ではないか?
こんなことを言うのは、歳を取った証拠かな?

 

  懐かしい所からお便りを頂いて嬉しい塾長。

 

コメント一覧

コメント11件

私は札幌に10年、広島に10年、埼玉に20年の順で移動しています。合計は50年近くなるはずですが計算が合いません。
小学生のとき近所の「国鉄」(呉線)が電化されたのを憶えています。
両親は広島に住んでいますが、広島では電気で動いていても「汽車」というようです(「電車」は路面電車)。

投稿者:上山完|2009年2月 2日  11:02

素晴らしいお話ですね、多分次来るお手紙か電話で当日何か話すよう依頼されるのではないかと思います

投稿者:RT2|2009年2月 2日  11:11

旧友はいいですね。当方、小学校時代は国立の付属小学校でした。周りはお坊ちゃま、お嬢様悪がきは当方一人かと思っていたら二人いました。彼らとは未だに交流があります。一人は親の後を継ぎ、一人は新聞記者。俺らは相変らずの落ちこぼれ、クラスのの●●ちゃんは外交官だぜと言うがそんなことない悪がき二人もご立派!当方は相変らず落ちこぼれのままでいつも友に励ましてもらっています。

昨日、車でドライブをしました。
関ヶ原の古戦場にでかけました。(娘の歴史勉強が目的)何もないところでしたが、ここで400年前天下分け目の戦いがあったかと思うと歴史ロマンを感じました。戦地からいえば西軍の圧倒的有利であることを現場で再確認しました。見晴らしのいいところに音声案内があり解説を聞きました。塾長と関係がある島津藩の戦況についても触れていました。島津藩は徳川軍を突きって薩摩に生き延びたと解説していた。負けるやいなや大胆な行動に出て深手を負わない。勇猛果敢と強かさ。相場ではロスカットにあたるのかもしれない。小さな損ですんだから幕末の政局を動かす場面に関われたのかもしれません。

知り合いが鹿児島出身で色々お世話になっています。その方に酒の飲み方、席の座る位置、料理の食べ方(上のものが箸をつけるまで箸をつけてはいけないなど)…色々勉強させて頂いたことがあります。一度、鹿児島に招待され薩摩にはいい思い出しかありません。芋焼酎、きびなご、にがごり、…酒と美味しい食事… 

投稿者:smile|2009年2月 2日  11:44

塾長が“戦友”のところで仰っていたことが、レスを読んで理解できました。僕の思い違いでした。

僕は証券会社の自己取引部門のことが頭にあったので、自分の懐で勝負するのであれば、為替が株よりタフだということはないだろうと思ったのですが、顧客の注文に応じるということであれば、株なら買いたいか売りたいのどちらかですが、為替は買いたいのか売りたいのかわからない相手に買いと売り両方を提示しなければいけないわけですから、確かにその点では為替のほうがタフです。注文を取り次ぐ株屋さんは株屋さんなりに、注文の執行の迅速さとか指値への対応とか、そのような難しさはあるでしょうが、それはそれでまた違った種類の難しさだと思います。

僕の通訳のお客さんは海外の機関投資家、それもasset management company、であることが多いのですが、見ていてかわいそうなくらいたいへんな職業であると、自分は通訳者でよかったと思えるくらい、株で儲けるのはたいへんなことであると思っています。為替でも全く同じですから、塾長が常日頃仰っているさまざまなことの意味がよくわかっている、つもり、です。

投稿者:かたな|2009年2月 2日  20:49

塾長様

わぁ~、こんな懐かしい話を聞くのは大好きです。
ルーツは鹿児島。育ちは広島・・・。

私は岡山じゃけん、広島の言葉とようにとるんよ*^^*

あっ、方言丸出しにしてしまった^^.

もし、いつかお会いするようなことがあれば、広島弁のお相手、バリバリにできますよ! エヘヘ。。。

投稿者:ドキドキ|2009年2月 2日  21:14

鹿児島も好きだけれど、カトは横浜がいいです。20年以

上も過ごした場所だし、自分のルーツが始まった場所だ

からね。祖先を大切に思う気持ちもあるけれど、カトは

親から始まったルーツを大切にします。

な~んてね!!

プレゼントした包丁は活用していますか?たまには台所

に立って、いつもおいしい料理を作ってくれる人に作っ

てあげてくださいな。感謝とお礼の心を以て作るのに、

味は関係ないですよ(^^)んまいにこしたことはない

けれど!!

そして刃物はただ切る道具ではありません、お守りでも

あるのです。常に健康でいられますよう願っています。

飲みすぎに注意!!

投稿者:カトパ|2009年2月 3日  01:33

あれまあ、正月以来、消息不明だったカトパー君の直筆ですか。

実は、節酒を始めたことを聞きつけて、“じゃあ、自分でも料理を始めたら。”と、箱入りの何だか切れ味のもの凄く良さそうな包丁をプレゼントしてくれたのです。

(勿論、まだ一回も使っていません。 そうか、お守りになるのだったら目に見える処に置いておこうかな?)

-やっぱり、料理は無理だな!
-飲み過ぎには注意しているよ!
-来週、宜しく頼む。

投稿者:塾長|2009年2月 3日  08:33

塾長の歴史をいっぱい聞き、塾長watcerとしては
大満足です! 今度機会があれば、モテモテ塾長の
初恋談義など聞かせて頂ければ嬉しいです。

デイールは最近、強烈な逆風で凹んでいます。
                 (--)

投稿者:moon|2009年2月 3日  12:06

塾長どの、

私は生まれも育ちも平塚です。今も平塚に住んでいます。
だから、今回とてもたのしく拝見してました。
また、平塚の思い出聞かせてください。

投稿者:Ray|2009年2月 3日  12:56

いつも良質の記事をありがとうございます。
4年程前のドルブルの頃から
「ドルベア側の考え方も知らねば!」
と愛読させていただいております。
今回の記事で塾長様がうちの子の大先輩とわかりビックリいたしました。
塾長も坂を上り学び舎へ通っておられたのでしょうか?
(まさか駅北の年代じゃないですよね)
これからもお元気で人生を楽しんでください!!

投稿者:高台通信|2009年2月 4日  19:49

塾長さま。お久しぶりです!
いつもありがとうございます。
遅レスですが、
火山灰がフロントガラスに積もった場合、
ワイパーは使用なさらない方がいいです。
火山灰は顕微鏡で見ると棘だらけです。

私が子供の頃は、桜島の降灰もすごかったのですが、
風向きにもよりますが、最近は市街地はあまり影響ないようです。
(ほとんど東京で生活していたのですが、田舎に戻ってみたら灰が降らなくなってるのに驚きました!)
ぜひ鹿児島でも公演なさってくださいね!
田舎すぎてお客がこないですって?
ではせめて福岡でお願いします~!
今夜はドル円・ユーロ円のロングをした後、
ドル円ショートを作りました。
まだ上がるようなら、売り増ししようと思います。

投稿者:L'Ami Louis|2009年2月 6日  04:58

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