5月19日放送分
「ちょっと待ちなさい!」朝の通学路には決して似つかわしくない声が響いているのだが、どこかで聞いたことのあるような声。ふり返ると学校へ通じるあぜ道の通学路、そこには学校へ急ぐ児童でいっぱいなのだが、まるで大名行列を迎える旅人のように両脇へと子どもたちがどいていく。その先には、なんと母が自転車に乗ってこちらに向かってくるではないか。どうやら、私は忘れ物をしてしまったらしい。当時、福岡で通っていた小学校は子どもの足で40分近くもかかる、それだけ離れていた。忘れ物を取りに容易に家に戻れる距離ではない。忘れ物を受け取った後は、回りに対する恥ずかしさと忘れ物をせずに済んだ安堵感を持って学校へと向かっていった。母親は今来た方向とは逆の方向にペダルを漕ぎ出した。母はどんな気持ちで子どもたちの中を帰っていっているのだろうか。
「おい、早く乗り込め」監督の声にせかされてマイクロバスに乗り込む。接戦ではあったが、悔しい逆転負けである。毎年夏休みに行なわれる市の野球大会に1回戦で負けてしまったのだ。後にも先にもたった一度だけ兄弟でバッテリーを組んだ公式戦であった。私が投げ、弟が受ける。街から離れた野球場での敗戦は帰る足取りも重くする。バスが動き始める。ふと、窓の外に目をやると、父が漕ぐ自転車の荷台に母が乗り、こちらを見ているではないか。こんな遠いところまで僕ら兄弟の試合を見に来てくれたのか、と思うと思わず帽子のツバを深くしてしまった。
なぜか、「自転車」をという言葉を聞くとこの二つの情景が浮かんでくる。自転車は冷たい鉄のパイプで出来たものではあるが、自分には親の愛情がいっぱい乗っているように思えて仕方が無い。
今週のテーマは三人乗り自転車だ。現在はまだ認められていないが、警察庁では現在検討中である。この三人乗り自転車は子どもたちが後ろのカゴに乗る形になる。安全性の高い自転車にするため費用もかかるという。1台数万円になるであろう、と言われている。でも、大事なのは値段ではないような気もする。親子の自転車は愛情が詰まっている。
5月12日放送分
低いモーター音がしたかと思うとサイドテーブルの上の携帯電話が震えている。つい先ほどまで楽しんでいた夜の静寂の中での時間旅行から現実に引き戻されてしまった。仕方なく本を置くと携帯を取り上げる。「待てよ」この時間に携帯にメールが入るということは、この時間にメールを送った人がいるということでもある。送信者はどこかで起きているということになる。確かに世の中は便利になった。そして、直截的なことが多くなった。メールもリアルタイムに交信する。携帯電話そのものも直截的である。昔の黒電話は家族全員が使っていた。女の子に家に電話するとなると本人が出てくるまでにいくつもの関所があった。場合によって、関所を通してもらえないこともあった。しかし、今やその関所もない。今やメールに取って変わられたのであろうが「恋文」というものがあった。もちろん恋文を書くような年齢でもなくなったが、その言葉は遠いセピア色の思い出を連れてきてくれる。ラブレターとも違い、どこかに日本人が持っている奥ゆかしさをそこに感じてしまう。
ただ、恋文にしても、メールにしても心と心の交信が行なわれることによって、気持ちが通じ合ってくるから不思議だ。たとえ会わなくても心の交流ができる。これは電話でも同じである。道具は直截的になったが、伝えられるべきものは伝えられている。
さて、一年間、電話だけでお会いしていない人がいた。しかも一週間に一度だけ5分間しゃべるだけである。でも、不思議と心が通った暖かさを感じることの出来た一年であった(相手はどう思っているのかはわからないが)。そのお相手とは三井住友銀行の宇野大介氏だ。宇野さんとはあるラジオ番組で一年間、為替の見通しのインタビューをさせてもらった。根底部分の相場観、歴史観が似ているが故に楽しい会話が出来たと思う。その宇野さんが今週のゲストだ。宇野さんは、覇権国アメリカはその終焉に向けて歩み始めた、と考えている。私も同感である。すぐにこの結論は出ないが、変化というのは変わらないと信じているモノが変わるから変化なのである。
また、宇野さんは中国について興味ある見方を披露してくれた。多くのエコノミストが中国の発展を肯定しているが、宇野さんは懐疑的である。その答えは中国の消費スタイルにあるという。つまり、国、経済というのは徐々に発展していくものである。黒電話から、コードレス電話、大きな移動電話、そして携帯電話へと。しかし、現中国は、いきなりフルスペックを消費している状態である。すでに成熟しているのではないか、という見方である。
マネー塾の放送は20分であるが、心に伝わった20分であった。